『べらぼう』“蔦重”横浜流星の初めての“間違い” エンタメを戦いの手段に使うことの危うさ

 売れる本を作ること=大衆の心を掴むこと。自分の思いを形にすること=わかってもらえなくとも作らずにはいられない衝動。両者は必ずしも一致しない。だからこそ、それが合致したときのカタルシスを感じることができる。

 その一瞬を目指して奮闘するのは蔦重だけではなかった。これまでも度々愛らしいこじらせっぷりで視聴者の心を掴んできた恋川春町(岡山天音)だ。今回も『悦贔屓蝦夷押領』が売れなかったことを気にして、いじける姿がなんとも人間味溢れていて微笑ましかった。

 そんな彼が定信の政策をより直接的に皮肉る本を作ろうと立ち上がる。定信が記した『鸚鵡言』で、政を凧をあげるさまに例えて説かれているのが、世間にはうまく伝わらず「凧をあげれば国が治まる」なんて言われているというネタを見つける。

 そうして出来上がったのが『鸚鵡返文武二道』。あまりにも直接的すぎる内容に、試し読みをしたていからは「からかいがすぎるのでは」と心配の声が上がる。春町としては定信に「少し肩の力を抜いてはいかがかと、いう思いも込めた」と言うのだが、それは「からかいよりもさらに不遜。無礼と受け取られかねない」とさらに危機感を募らせるのだった。

 自分の作品が思ったように読まれていない。そのもどかしさは他ならぬ蔦重や春町が知っているはず。心血を注いで取り組んでいる自分たちに向かって、「少し肩の力を抜いてはいかが」と言われるのも、また苛立ったはず。

 にもかかわらず、その部分をネタにして笑いものにするというのは、いくら蔦重たちを「神」と仰ぐほどの定信も「黄表紙なのだから面白くせねばなるまい」とはならなさそうだ。しかも、このときの定信は治済(生田斗真)から「突き詰めれば、政など誰でもできる」などと言われ、自分のやりたいことが空回りをしていた時期というのもタイミングが悪い。

 もし、蔦重が意次のときと同じように定信とも直接会っていたら、全く別の未来があったのではないかと想像してしまった。本が好きな2人はきっと話が盛り上がったはず。『金々先生栄花夢』や『見徳一炊夢』といった名作たちの制作秘話を蔦重が楽しそうに話し、定信が嬉しそうに聞く、なんていう風景も生まれただろう。そう思うと、やはりエンタメは戦いの手段として用いられるよりも、人と人とを繋ぐ役割のほうが得意なのかもしれない。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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