『着せ恋』への“好き”を叫びたい 女性ファンが感じる“推し活”時代ならではの誠実さ
さらに興味深いのは、新菜の過去の傷は“コスプレそのもの”によって癒されるわけではないという点だ。新菜を変えていくのは、趣味を通じて海夢と出会い、予想もしなかった対話や共鳴を重ねる中で、自分でも気づいていなかった不安や偏見と向き合っていくプロセスである。コスプレという趣味が二人をつなぎ、その関係の中で新菜は少しずつ自分の世界を広げていく。
“推し活”という言葉がすっかり定着した今の時代において、本作が描いているのは、「好きなもの(あるいは推し)に出会えば救われる」といった単純な礼賛ではない。むしろ、“好き”はあくまで出発点にすぎず、その先にある出会いや気づきが、人の内面に変化をもたらし、新たな世界の見方を育てていく。こうした過程の丁寧な描写こそが、コスプレという一見ニッチな題材を扱っているにも関わらず、本作が幅広い視聴者の共感を集めている理由なのだろう。
そして、本作のジャンルや性別の枠にとらわれない姿勢は、恋愛の描写にも貫かれている。『その着せ替え人形は恋をする TVアニメ公式ファンブック 喜多川海夢しか勝たん』(スクウェア・エニックス)で篠原啓輔監督は、当初ラブコメというジャンルに苦手意識があったことを明かしている。だが「ドラマや心理描写がしっかりしていて、この作品を“ラブコメ”ではなく“海夢と新菜のラブストーリー”として解釈すれば演出できるかもしれないと思えた」と語っており、そこには型にはまらない人物描写への信頼がうかがえる。
たとえば海夢の恋は、相手に好かれるために自分を変えるのではなく、自分の“好き”を貫くなかで、自然と新菜との距離が縮まっていくかたちで描かれている。そこにあるのは、「意中の相手を振り向かせるために努力する」という、フィクションにありがちなある種の自己犠牲を孕んだ恋愛のテンプレートではない。
この姿勢は、コスプレに向き合うキャラクターたちの在り方にも通じている。黒江雫の眉を忠実に再現するために自らの眉を全て剃る海夢や、男性キャラのコスプレのためにBホルダーで体型を整える心寿。どちらも、他人にどう見られるかではなく、自分がどうありたいかに基づいた選択である。
その真剣さを新菜は一切茶化さず、誠実に受け止める。新菜は、彼女たちが自身の“好き”に忠実であろうとする姿を理解し、その意志に寄り添おうとする。ヒロインの“自己犠牲”ではなく“自己実現”の先に恋がある描き方は、きわめて現代的な視点だ。
“好き”という気持ちを、誰かに向けて演出されたものではなく、自分自身が大切にしている感情として描き、それが自然と誰かとつながっていく過程を丁寧に映し出す本作。そのまなざしは、「1億総推し活時代」ブームの現代において、ひときわあたたかく映るのではないだろうか。
■放送情報
TVアニメ『その着せ替え人形は恋をする』Season2
TOKYO MX、BS11、群馬テレビ、とちぎテレビほかにて、毎週土曜24:00〜放送
Prime Videoにて最速先行配信
ほか各配信プラットフォームにて順次配信
キャスト:直田姫奈(喜多川海夢役)、石毛翔弥(五条新菜役)、種﨑敦美(乾紗寿叶役)、羊宮妃那(乾心寿役)、斧アツシ(五条薫役)、村瀬歩(姫野あまね役)、武田羅梨沙多胡(菅谷乃羽役)、雨宮夕夏(八尋大空役)、関根明良(山内瑠音役)、内田修一(森田健星役)、小松昌平(柏木四季役)
原作:福田晋一(『ヤングガンガンコミックス』スクウェア・エニックス刊)
監督:篠原啓輔
シリーズ構成:冨田頼子
キャラクターデザイン・総作画監督:石田一将
副監督:山本ゆうすけ
総作画監督:山崎淳・八重樫洋平
メインアニメーター:髙橋尚矢
衣装デザイン:西原恵利香
プロップデザイン:永木歩実
色彩設計:山口舞
美術監督:根本洋行
撮影監督:佐藤瑠里
テクニカルディレクター:佐久間悠也
CGディレクター:任杰
編集:平木大輔
音響監督:藤田亜紀子
音響効果:野崎博樹、小林亜依里
音楽:中塚武
制作:CloverWorks
©福田晋一/SQUARE ENIX・アニメ「着せ恋」製作委員会
公式サイト:https://bisquedoll-anime.com/
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