『べらぼう』恋川春町の“放屁芸”がここまで心を打つとは 吉原と江戸城に息づく源内の意思
しかし、義理堅い春町にとっては、それが蔦重の思っていたよりも遥かに嬉しかったことだったのかもしれない。そして堅物のイメージを脱ぎ捨てるように、褌一丁で現れた春町。そのまま放屁芸を披露するとまで言い出したのだ。それを三味線でサポートするのが、そもそも例の宴会で屁を放った張本人である次郎兵衛(中村蒼)というのも笑えるところ。
また、放屁芸といえば人々の心に平賀源内(安田顕)の記した『放屁論』が息づいているのも胸を熱くした。第4回にも登場していた『放屁論』は、自在に屁をコントロールして様々な音を披露する珍しい芸人・花咲男を面白おかしく紹介しつつ、放屁芸のような創造性のない停滞した身分制社会を鋭く批判したものだった。
もしかしたら春町がまとっていた停滞感も、源内が突いた時代の空気によるものだったのかもしれない。その停滞感を吹き飛ばすように屁を放り出す春町。あんなにおふざけは苦手だと言っていたにも関わらず、全力で取り組む姿が最高にバカバカしく、そして心を打つものがあった。
そんな笑える表現で時代の殻を打ち破ろうという春町たちを、そう遠くない未来に松平定信(寺田心)による厳しい時代が待ち受けていると思うと胸が痛む。同時に、その影で松前藩が抜け荷を行っている証拠を掴もうという田沼意知(宮沢氷魚)と誰袖(福原遥)の暗躍にも肝を冷やすところだ。
正体を明かした意知から蔦重も、仲間に加わらないかと持ちかけられる。その道は、源内が夢見ていた蝦夷開発に通ずるものとも言える。しかし、蔦重が源内から直接託されたのは、書をもってこの国をもっともっと豊かにするという夢。源内は、きな臭い江戸城の謎に深入りして散った。もしかしたら、多くの人を率いる立場になった蔦重は、田沼意次(渡辺謙)が嫌われ者になってでも自分を源内の件から突き放した理由をなんとなく察したのかもしれない。
だからこそ、まるで源内のごとく思うままに突き進む誰袖のことが心配になる。日々命を削りながら吉原で生きる誰袖にも、それなりの覚悟はあるだろう。しかし、本気で好きになったからこそ危ういのだ。一時、蔦重との未来のために年季が明けるまで過酷な労働を耐え抜こうとしていた瀬川(小芝風花)もそうだったように。間男のために我が身を省みないのが花魁たちの生き様。
吉原という狭い地獄に囲われて生きる彼女たちは想像もつかないのだろう。忘八などまだまだ優しく思えるほどの鬼がいる世界を。そんな魔物蠢く江戸城と吉原を気にかけつつ、蔦重がいよいよ日本橋へと進出する。そこから見た日本が、どんな社会だったのか。彼とその仲間たちが手掛けた本を通じて紐解かれる様子が楽しみでありつつ、少し胸がざわつく。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK