『ライオンの隠れ家』“普通”の言葉がなぜ響く? 徳尾浩司×一戸慶乃が語る脚本制作の裏側
「ヒューマンサスペンス」という言葉そのものを表していると言ってもいいドラマ『ライオンの隠れ家』(TBS系)。市役所で働く平凡で真面目な優しい青年・洸人(柳楽優弥)と自閉スペクトラム症の美路人(坂東龍汰)の兄弟が、突然現れた「ライオン」と名乗る謎の男の子(佐藤大空)との出会いをきっかけに、凪のようだった日常が変化していく。
「ライオン」が小森兄弟の姉・愛生(尾野真千子)の息子・愁人であること、愛生が夫・橘祥吾(向井理)のDVから逃れるため、偽装死を計画して逃げ出したことなど、本作の“サスペンス”部分は少しずつ明らかになってきた。その一方で、柳楽優弥、坂東龍汰、佐藤大空を中心としたキャスト陣の名演によって生み出される彼らの“ヒューマン”パートにも多くの視聴者が釘付けになっている。
そんな本作の脚本を担当したのは徳尾浩司と一戸慶乃。一戸は今作が連続ドラマデビュー作、徳尾は『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)、『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)など多くのファンを獲得してきたベテラン脚本家だ。キャリアの異なる2人はどんな工程を経て、本作の脚本を生み出したのか。最終幕を前にじっくりと話を聞いた。(編集部)
ベテラン×新人による“共同脚本”
――『ライオンの隠れ家』は2022年末に、松本友香プロデューサーから一戸慶乃さんにご連絡があったところからスタートしたそうですね。
一戸慶乃(以下、一戸):松本さんが、脚本コンクールで受賞した私の作品を読んでSNSからメッセージをくださって。企画の開発を一緒にやってみませんかとお声掛けいただき、プロットを一緒に作りました。ヒューマンサスペンスという企画でしたが、家族や人間同士の関わり合いなど、ヒューマンの部分をより丁寧に描いていくというお話で、温かいドラマになるだろうと思いました。
――徳尾(浩司)さんは松本さんと『私の家政夫ナギサさん』や『この初恋はフィクションです』(TBS系)でご一緒されていますが、今回、共同脚本という形になったのはどこからでしたか?
徳尾浩司(以下、徳尾):一戸さんと松本さんが企画開発を始めて3カ月くらい経った頃、「オリジナル作品をやりませんか?」と声をかけていただきました。ただ、最初はどういう形でやるかは検討状態で、一緒にやっていくうちに一戸さんが新人さんであるなしにかかわらず、プロとしてちゃんと書ける人なんだなぁと思ったんですね。それで、プロット協力や脚本協力をしてもらうのではなく、一緒に脚本を書いた方が良いと思い、松本さんにお話しして、松本さんもそれがいいと思ってくれていたので、「共同脚本」になりました。
――一戸さんは連ドラ脚本未経験でしたよね。
徳尾:そうですね。僕自身、これまでの経験を頼りに一人で書くことはできるかもしれないけど、それでは自分としても広がりがないし、このドラマにとっていいことかどうかはよくわからないなと思って。だったら一戸さんと一緒にやることによって、自分も脚本家として新たに開けるものがあるんじゃないかと思ったんです。
――「共同脚本」と言うと、ライターズルームのプロジェクトの立ち上げから始まったNHKドラマ『3000万』は、4人の脚本家さんが1話ずつ交代でメインライターをされていますね。また、『離婚しようよ』(Netflix)では、大石静さんと宮藤官九郎さんがリレー方式で脚本を書いています。でも、今回のようにキャリアの違うお二人が対等な立場で共同脚本を手掛けられるケースは稀だと思います。
徳尾:そうですね。そこは松本さんのアイデアでもあり、何より一戸さんがちゃんと書ける人だったということが大きくて。ご指摘の通り、共同脚本は通常、1話交代の作品が多いですが、今回は1話の中でそれぞれ交代で4~5回稿を重ねていきました。例えば、初稿を僕が書いて、第2稿で一戸さん、第3稿で僕、第4稿は一戸さんといった形を繰り返す方法で、それは僕も経験がなくて。もちろんその間に打ち合わせをするんですが、自分で書いてよくないなと思ったシーンが、戻ってきたときによくなっていることもあるし、自信があると思ったところがバッサリなくなっていることもありました(笑)。
――正直、新人の脚本家さんに直されて気を悪くすることはありませんか?
徳尾:それはありませんでした。プロデューサーが俯瞰で見てくれているので「そこは前の稿のこのセリフの方がよかった」と言って戻すこともあるし、「やっぱりなくしてよかったね」となることもあるし。二人で試行錯誤しながらたどり着いたやり方だったので。ただ、僕が誰とでもそのやり方ができるかというと、たぶんなかなか難しいとは思います。
――逆に、一戸さんが気遅れしてしまったり、遠慮してしまったりすることはありませんでしたか?
一戸:まず、共同脚本で一緒にやりましょうと言っていただき、私に機会をくださったことにとても感謝しています。その上で、一緒にやらせていただくからには、この作品をより良いものにするために、提案という意味で遠慮なく書かせていただきました。打ち合わせを重ねていきますし、常に徳尾さんが見てくださっている安心感があったので、気後れせずに挑もうと思いました。
徳尾:最初に打ち合わせをしているとき、この人はドラマのことを一緒に話し合える人だと思ったんですよ。
――それは感性が合うということですか?
徳尾:それはあると思います。僕は本来そんなに柔軟なタイプではないんですけど、僕自身ヒューマンドラマに取り組むのは初めてだし、「自分の視野をどうにか広げないと先はないなあ」と思っていたときにこのドラマのお話をいただいたので。一戸さんはここでどう考えるんだろうとか、そういった感性やアイデアの部分で僕の方が影響を受けるところもありましたし、お互いヒューマンやサスペンスだけでなく、クスッと笑えるところも大事にしていきました。
――一戸さんがヒューマン部分を、徳尾さんがサスペンス部分をという分業ではないんですね。
徳尾:そうですね。お互い純粋に良いと思ったところを残していきました。僕たちがこの特殊なやり方を飲み込むことができたのは、とにかく一緒に良いドラマを目指しましょうという共通認識を、最初の段階で持てたことが大きいと思います。良いと思ったセリフは残すし、自分も頑張るし、お互いが良いドラマのために尽くせば、交代交代でもきっと良いものが積み上がって良いものができる。変なプライドでお互い潰しあうのは、交代で書く意味がないと思っていました。
――キャリアも事務所も違うお二人が一緒にやる中では、マウントをとってしまうことや、認めさせようとアピールすることもありそうですが……。
一戸:それはありませんでしたね。ただ、プロット開発時からキャラクターに対しての愛着や思い入れがどんどん濃くなっていたこともあったので、臆せずに提案はしていこうと。一緒にやらせていただくことでより深まっていきましたし、徳尾さんが書いたものを読むのは大変勉強になりました。
「気持ちスタート」で進むサスペンス
――それぞれご自身の中にない引き出しを持っていると感じる点はありましたか?
徳尾:今回はドラマ全体に“引き算”がされているんですね。例えば、具体的なセリフで言わない方が気持ちが伝わるシーンもたくさんあって。僕は引いていく作業を普段あまりしないので、一戸さんのターンから戻ってきたときに「ここはそうか、『……』だけで伝わるな」と思うことがあったんです。それと、第1話で美路人の「海じゃなくてもウミネコはウミネコです。どこを飛ぶかはウミネコの自由です。ウミネコだって違う景色見たいときあります」というセリフがあって。それは僕にはない発想なので、この空気感を、プロット作りや企画開発の最初の段階で大事にしているんだと思い、そういう世界を僕もちゃんと作っていきたいと思いました。
――一戸さんは、徳尾さんに対して、ご自身が愛着を持っていたキャラクターや世界観を一緒に大事に育ててくれる人と感じたのでしょうか?
一戸:そうですね。日を追うごとにキャラクターのいろんな側面が見えてきました。人間ってずっと変わり続けるもの。私一人の中では見つかっていなかったキャラクターの側面を徳尾さんと一緒に考えながら発見していきました。
――一戸さんが徳尾さんからの直しを見て驚いたこともありましたか?
一戸:毎回です。短いスパンで締め切りがある中で、もちろんベストは尽くすけど、期限内に自分の納得いく形まで到達できなかったときには、「私はここがうまくいきませんでした。お願いします」みたいな形で渡すこともありました。そこから徳尾さんの視点で書いていただいて、戻ってきたときに新たな感動が生まれることもたくさんありました。
徳尾:ドラマ全体のバランスを整えるとか、35分〜40分あたりで盛り上がって……みたいなよくある脚本のセオリーは、慣れればきっと誰でも身につくことなんです。今回、一戸さんはそれは別に気にしなくてもよいから、それよりもキラッと光るものをできるだけ残したいし、そうした一戸さんのインスピレーションを受けてさらにドラマが良くなるようにしたい。いいアイデアがあるなら、こういう見せ方をした方がより伝わるかも、という提案は僕もしていきました。
――徳尾さんはこれまでのテクニックやセオリーを今回はあえてできるだけ使わないようにしたのでしょうか?
徳尾:今回はそういうものがあまり通用しないジャンルですね。今まで手掛けてきたドラマでは、やりたい出来事やテーマがあって、そこに向かいながらキャラクターが動いていくという話が多かったんですが、今回は何が起きるかはとりあえず置いといて、登場人物の気持ちを積み上げていく中で出来事が生まれてくるという考え方でした。こういう気持ちだから佐渡島に行くよねとか、佐渡島に行くためにはこういうステップの気持ちの動きと会話が必要だよねとか。とにかく「気持ちスタート」でした。
――「気持ちスタート」で進むサスペンスって、斬新です。
徳尾:そうした方法は今まであまりやっていないので、時間はかかるし、そういう意味ではずーっと手探りで。「洸人はこのとき、どういう気持ちなんだっけ?」とか一戸さんとよく話していました。「ここはこういう気持ちだよね」と確認しながら、気持ちを作ってから書いていく。でも、その気持ちがちょっとでもずれていくと、エピソードが合わなくなってしまう。オリジナルドラマだからこそですが、これは違うな、となったらほとんど書き直すなんてことも結構ありました。
――プロットがあるにもかかわらず「気持ちスタート」で書くと、行き着く場所も変わっていくことがあるんですね。
徳尾:プロットにはもちろん気持ちも含まれているんですけど、流れや出来事を書きがちなんです。だから、台本にしたときにうまくいかないとなることはよくあって、プロット作りはそこそこにして、もう台本を書いちゃおうかという話になり、実際書いてみたら「やっぱり違うね」と行き詰まることはよくありました。ずっと洸人たちの気持ちを考えていましたね。