『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が放つ強い輝き より深まる『フュリオサ』への理解

 そして本作が同時に描いているのは、フェミニズム的な要素である。イモータン・ジョーの支配のもと、自由な意志を剥奪された女性たちの苦境と逃走、そして闘争の物語は、「有害な男性性」と呼ばれる家父長的な価値観を基にした暴力性への反発を表現しているものと考えられる。ジョーが率いる軍勢が女性たちを執念深く追走する構図は、女性の意志が不当なかたちで尊重されてこなかった歴史を、具体的に表現するばかりでなく抽象的なかたちでも象徴しているように感じられるのである。

 ジョーの「子産み女」として選ばれた者は、自分の意志にかかわらず性的な行為を強制され、子どもを産んだ後は、乳牛のように母乳を搾り取られ資源として扱われることになる。そんな境遇への反発や怒りが累積した女性たちは、「私たちは“モノ”じゃない」というメッセージを残して決死の逃亡をするのだ。

 この脚本を執筆するにあたって、ミラー監督は劇作家イヴ・エンスラーに助言を求めたという。エンスラーは子ども時代に父親から度々性的な虐待を受けていたと語っていて、虐待を受ける女性や児童をさまざまな方法で助ける社会活動を先導している人物でもある。まさに現実に存在する“フュリオサ”のような過去を辿った女性の視点が、本作に反映されているのである。

 ジョーの身勝手な支配によって搾取されるのは、女性だけではない。若い男性たちもまた「ウォー・ボーイズ」として、戦いや略奪のなかで命を投げ出すことが奨励される。ボーイズらによる「カミカゼ」と「クレイジー」を合わせた掛け声「kamakrazee!」は、「神風特攻隊」における日本軍兵士の犠牲の過去に重ねられている。

 そのウォー・ボーイズのなかで、フュリオサたちと同行することになるニュークス(ニコラス・ホルト)は、ジョーに見放されたことで失意に陥るが、逃亡した女性のひとりケイパブル(ライリー・キーオ)の優しさに触れることで、洗脳が解かれていき、最終的に自由意志を持った人間として、彼女を守る姿が描かれるのである。

 さて、子産み女たちが献身し、ウォー・ボーイズが命をかけるほどの価値が、果たしてイモータン・ジョーにはあるのだろうか。『マッドマックス』第1作でも悪役を演じていたヒュー・キース・バーンが演じるイモータン・ジョーは、メイクや衣装によって恐ろしさや強さを強調し、自身が「不死身」だと主張してはいるが、虚飾を剥いでしまえば、その実体は生身の老人でしかない。ウォー・ボーイズたちは、遠目からその威容に心酔しているが、より近くでマッチョな鎧を脱いだジョーの姿を目の当たりにしているはずなのである。

 そんなジョーと対照的に描かれているのは、フュリオサたちの戦いに協力することになるマックスである。彼はフュリオサらとともに生存をかけて勇敢な行動を見せるが、それは英雄的な存在になろうとするジョーのように周囲の者たちの中心として活躍するのではなく、あくまで一員としての尽力にとどまっている。その姿勢は、フュリオサが銃で狙撃する際に肩を貸す構図にも象徴されている。そしてマックスは、女性たちが戦いの末にリフトで上昇していくなか、無言で姿を消すのである。

 このような男性像は、時代のなかで理想とされる資質が変わってきたことを意味している。リーダーシップを発揮して英雄の座や成功の果実を手にするのでなく、下心や見返りなく他者に思いやりをかけられる者こそ、真のヒーローであり、理想の男性なのではないかという考え方だ。その意味でマックスは、時代に対応した新ヒーローだといえるのである。だからこそ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、女性と男性の戦いを描いた現代の「神話」として、多くの観客の心に残る名作となったのである。

 公開中の『マッドマックス:フュリオサ』では、本作でイモータン・ジョーに反旗を翻すことになったフュリオサの前日譚が描かれる。より若い時代の彼女を演じるのは、アニャ・テイラー=ジョイだ。そこでは、「緑の地」を探し求める彼女があれほど慟哭した理由や、「鉄馬の女たち」であった母親との関係、そしてマックスに対する信頼の裏にあったものなどが明かされてゆく。本作と合わせて観ることで、両作への理解はより深まることになるだろう。

 そしてさらに、ジョージ・ミラー監督は、マックスを主人公とした他の脚本を書き上げていることも明らかにしている。名作となった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を中心に、マックスやフュリオサたちの戦場である「ウェイストランド」は、その規模を拡大し続けているのである。

参考
※ https://youtu.be/MT-70ni4Ddo?si=5kebWjLfK19lpmfR

■放送情報
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
テレビ東京系にて、6月3日(月)13:40~15:40放送
監督・脚本・製作 :ジョージ・ミラー
脚本 :ブレンダン・マッカーシー、ニコ・ラソウリス
出演:トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト、ヒュー・キース=バーン、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー、ライリー・キーオ、アビー・リー、コートニー・イートン、ネイサン・ジョーンズ、ゾーイ・クラビッツ
©Warner Bros. Feature Productions Pty Limited, Village Roadshow Films North America Inc., and Ratpac-Dune Entertainment LLC

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