スタンディングオベーションは義務? カンヌ国際映画祭にはびこる謎ルールの数々
セルフィーは「映画祭の品位を落とす」?
一方、新しく定められたルールにも、時代にそぐわないと思われるものもある。レッドカーペット上での「セルフィー禁止」だ。
スマートフォンの普及に伴って、2010年代ごろからレッドカーペットでセルフィーを撮影する来場者で渋滞が起こることが増え、映画祭側はこれを問題視するようになった。レッドカーペットには、毎回100人近いセレブや映画界の大物が登場し、大作映画や授賞式となればそれ以上の人が集まる。彼らを定められた時間の中で階段まで移動させなければならないとなったとき、セルフィー撮影は、時間が遅れる原因となるのだ。そこで2015年にはセルフィーの自粛が呼びかけられたが、ほとんど改善は見られず、2018年には正式に全面禁止に。しかし今やセレブのみならず、多くの人にとって習慣となったセルフィーを止めることは難しいだろう。レッドカーペットに来場したセレブは、今もファンや友人とともにセルフィーを撮影している。今年は審査員が集合した大階段でオマール・シーが審査員長のグレタ・ガーウィグとセルフィーを撮影するひとコマも見られた。
ティエリー・フレモーは、かねてからセルフィーを「バカバカしくグロテスク」と語っており、2018年に禁止を発表したときには、「レッドカーペットは世界中で報道され、誰もが美しく撮影されている。一番醜く撮れているのはセルフィーだろう」と発言していた。また彼はセルフィー禁止は時代に逆行するルールではとの指摘に、「いや逆だ。他も追随するだろう」と述べていたが、その目論見は外れたようだ。
2022年からはTikTokとパートナー契約を交わし、映画祭を時代に合わせて刷新する試みを実施してきたカンヌだが、一方でセルフィーは禁止するという対応は、ドレスコードと同じく時代錯誤な態度にも見える。
スタンディングオベーションは義務?
カンヌといえば、各上映作品ごとにどれほど長くスタンディングオベーションが起きたかが注目されることも多い。しかしこのスタンディングオベーション、実は作品の出来や観客の評価に関係なく、ほぼ義務化されているという話もある。2023年のVarietyの報道では、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2023年)の高評価を紹介しながら、「5分のスタンディングオベーションは、カンヌでは礼儀の範疇」と指摘している。
各媒体はそれぞれにスタンディングオベーションの時間を計る基準を持っているようで、The Hollywood Reporterは「観客が立ち上がって拍手が始まってから(ほとんどの場合エンドロール後、会場の灯りがついてから)多くの人が着席するまで、もしくは監督にマイクが渡されるまで」と定めているという。しかしこの「監督にマイクが渡されるまで」というのは、いくらでもコントロール可能なのではないだろうか。また、慣れた監督や俳優は、観客を盛り上げる方法を知っている。今回であれば、5月24日のミッドナイトスクリーニングで『The Surfer(原題)』が上映された際、主演のニコラス・ケイジが観客を煽り、「サーファー」コールを起こさせた。
このスタンディングオベーションの文化を疑問視する映画関係者も少なくないようで、ルカ・グァダニーノの『ボーンズ・アンド・オール』(2022年)で脚本を務めたデヴィッド・カイガニックは、2022年のヴェネチア国際映画祭の際、映画祭でのスタンディングオベーションについて、次のように語っている。「スタンディングオベーションをするとき、人々は映画によってどのような感情を起こさせられたかよりも、関係者の興奮のためにやっている。私にとって、それは作品のためというより、人のためにやっているように見える」。特にカンヌはなぜかその長さが注目され、評価の基準の1つであるかのように語られる。しかし受賞結果を見てみると、必ずしもそれが影響しているとは言えないのは明確だ。
世界で最も権威のある映画祭の1つとして知られるカンヌ国際映画祭。しかしその実、古めかしいルールが批判されることも多い。時代錯誤なドレスコードや無意味なスタンディングオベーションは改善の余地があるかもしれない。本当の「映画祭の品位」とはなんなのか、見極めていく必要があるだろう。
参考
https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/standing-ovations-cannes-film-festival-analysis-1235903673/
https://variety.com/2023/film/news/indiana-jones-5-cannes-standing-ovation-harrison-ford-1235615678/
https://www.vogue.co.jp/gallery/cannes-film-festival-red-carpet-rule-breakers