『らんまん』の“主役”植物たちが担っている役割とは? 植物監修・田中伸幸に聞く

 主人公・万太郎(神木隆之介)が植物学者として世に認められ、折り返し地点に入ったNHK連続テレビ小説『らんまん』。後半に向けて物語がさらに盛り上がりを見せる中、本作を語る上で欠かせないものとなっているのが、万太郎が愛する植物たちだ。週タイトルにもなっている植物は、物語とリンクする形で毎週印象的な役割を果たしている。そんな植物を扱う本作において、重要な役割を担っている植物監修の田中伸幸氏に話を聞いた。(編集部)

植物研究者たちの間でも評判になっている『らんまん』

幼少期の万太郎(小林優仁)が見つめるのは「イヌトウキ」

――田中さんは『らんまん』の植物監修として、どのような作業を行っているのでしょうか?

田中伸幸(以下、田中):台本の段階からストーリーを成立させるために、様々な制約をクリアする植物を提案するところから監修として関わっています。その制約というのは、ドラマの季節に合った植物であるか、当時の日本に生育していた植物なのか、学名や和名はつけられていたのかといった点です。ほかにも、東京大学の教室や博物館には何が置かれるべきなのかといったところまでも、こちらで考えています。劇中では明治時代なので、専門用語も今とは全く違うんですね。その植物の学名、和名がそれぞれあったのか、なかったのか、いろいろなパターンがあるんです。それをドラマの年代に合うようにする。例えば、ユウガオはウリ科ですが、昔は葫蘆科と言っていて、表現が違っていました。そういったところまでこだわってリアリティを出しています。

――田中さんのような植物研究をされている方々の間で、『らんまん』の評判はいかがでしょうか?

田中:植物分類学の黎明期の話が、ドラマになっているということで、毎日感動して観ているとか楽しんでいるなどと連絡をくれます。植物分類学のドラマを毎朝、日本中に届けることができるのも牧野富太郎がいたからであって、後にも先にもこのドラマだけじゃないかっていうことですよね。それも牧野富太郎の功績の一つだと思います。牧野富太郎には牧野富太郎でしか影響を与え得なかったことがあると。

――牧野富太郎さんの功績はどういったところにあると思いますか?

田中:牧野富太郎は日本の植物に対して、最も多くの学名をつけている人物だと思います。その功績の一つとしては、多くの標本を収集し、後世に残し、その標本がさらに研究されたということ。私財を投げ打ってまでして購入した文献も今では貴重なコレクションになっています。また、牧野富太郎が後半の人生で行った植物知識の普及活動も、彼が残した功績だと思うんです。植物採集を趣味にする人たちを作りたいという、その活動は牧野富太郎ほど盛んにやった人はいません。明治の終わりから、大正、昭和の初期にかけて、植物同好会というものが全国にできていくんですけど、植物の名前や標本の採集の仕方といったことを指導して、講師として渡り歩き、各地に弟子を作っていった。同好会のメンバーは理科の教員で、つまり牧野富太郎は理科の教員を育てることに尽力したんです。教員は生徒に教えますから、そこから輪が広がっていくわけですよ。いろんな地域の人がその同好会に参加して植物のことを聞く――牧野富太郎は大抵のことなら答えられる、日本の植物のウォーキングディクショナリーだった。いろんな地域で活動をし、そこから研究家たちを育て、その研究家たちが地元の植物の研究を推進していったんですね。日本に地域的な植物図鑑が多いのは牧野富太郎が蒔いた種が代々受け継がれていったからで、日本の植物相、つまりはfloraの研究の精度を表していると思うんです。牧野富太郎は今で言う市民科学、シチズンサイエンスの先駆けの人だったとも言えます。

――神木隆之介さん演じる万太郎は田中さんからどのように見えていますか?

田中:神木隆之介さんの演じる槙野万太郎というのは、爽やかで純粋に植物が好きということを貫く、そこはモデルとなった牧野富太郎と共通していると思います。おそらく牧野富太郎は道楽に生きた人で、天真爛漫な性格だったとは思うんですよね。思ったことはなんでも言うし、いい意味でも悪い意味でも鈍感さがあって。でも、自分がこうだと思ったら突き進むっていう、そこは神木さんが演じている万太郎と実際の富太郎は根底では共通しているように思います。植物を見たら夢中になって、話しかけても聞こえないというのは、牧野富太郎もそうだったと思うんです。ひ孫の牧野一浡さんが「ご飯の時ぐらいしか、ほとんど書斎から出てくることはなかった」と話していますが、そのぐらい趣味に没頭していたんですよね。

――台本の段階から監修をしているということですが、長田育恵さんの脚本を読んでどんな風に感じられましたか?

田中:史実に忠実でありつつ、それを基にドラマとしてアレンジがされていますよね。根底から変えていくと、そのうち、変なことになってしまうと思うんですが、しっかりとした史実の上で、例えば万太郎と田邊教授が張り合うことで、万太郎が置かれている境遇が強調されるように、巧みに変えつつ描かれている印象を受けます。上がってくる台本を読んではいるんですけど、私は植物学者なので、台本だけではそこまでビジュアライズができないんです。現場に行って初めて演出が加わったものを見て、いつも感心しています。

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