ドキュメンタリー『スタン・リー』から学ぶ“成功の秘訣” 偉大なクリエイター誕生の背景
現在、娯楽大作映画の中心として、最も興行収入を稼ぎ出しているのは、アメコミヒーロー映画に他ならない。なかでも、この一大ブームを牽引してきたのは、『アベンジャーズ』シリーズをはじめとしたマーベル・スタジオ作品だといっていいだろう。
そんなマーベル・スタジオ製作の映画に、何度となくカメオ出演することで、観客に認知され親しまれてきたのが、スタン・リーその人だった。2018年にこの世を去ることになったスタン・リーは、マーベル・コミックで編集や執筆を手がけ、コミック文化の地位向上を果たした人物だ。また、マーベル・コミックを大企業へと成長させた中心的存在であり、近年は名誉会長を務めていた。映画の出演者として何度も呼ばれたのは、業績へのリスペクトでもある。
そんなスタン・リーの人生を、彼自身の生前の発言や関係者の言葉などで振り返っていくドキュメンタリー『スタン・リー』が配信されている。ここでは、本作の内容を追っていきながら、アメリカンコミックの歴史の一角を創り上げた彼の業績と、成功の秘訣が何だったのかを考えていきたい。
本作では、彼の生い立ちから紹介されていく。のちに「スタン・リー」と名乗ることとなるスタンリー・リーバーは、ニューヨークのマンハッタン地区で生まれ、貧しい環境で育ったのだという。読書が好きで、早くから執筆の才能を発揮していたスタンリーは、親族の経営する出版社に入社すると、コミック部門で『キャプテン・アメリカ』などのストーリーを担当し、驚くことにまだハイティーンにもかかわらず、部門の編集長に就任することとなる。そこが、後の「マーベル・コミック」となるのだ。
そんなコミックの寵児といえるスタンリーではあるが、コミックファンにとってショッキングな事実も明かされる。それは、彼自身がコミック作品を手がけることに、当初は誇りを持てなかったということだ。
医学や建築など、世の中には大勢の人々に貢献できる仕事がたくさんあるにもかかわらず、いい大人が荒唐無稽な空想を書きとめていくような、子どもじみたことを続けるべきなのかと、彼は真剣に悩んだのだという。スタンリーの「スタン・リー」という、ファーストネームをもじっただけのペンネームは、この仕事をいつまでも続けようと思っていなかったからだと、彼自身が語っている。それは、当時の社会がコミックを子どもだましのくだらない本としてしか扱っていなかったからでもある。
妻のジョーンは、そんなスタンリーに対して、どうせ辞めるつもりなら、自分の好きなものを書けばいいとアドバイスする。その後に生み出されたのが、4人組のスーパーヒーローを主人公にした『ファンタスティック・フォー』だったというのだ。
この作品が面白いのは、それぞれにスーパーパワーを持った4人のヒーローが、たびたびヘマをしてしまうというところだ。そして、本部にしていた賃貸物件の家賃が払えなくなってしまうという、ヒーローらしからぬ世知辛い展開もある。『ファンタスティック・フォー』は、日本でもTVアニメ版が『宇宙忍者ゴームズ』というタイトルで放送、再放送されていて、コメディとしても非常に笑える内容だった。
ニューヨークを舞台に、主人公が家賃に悩んでいるという設定は、まさにスタンリーが子どもの頃に体験した生活であり、現実に根差したものだといえる。その意味でこれは、ある意味で彼自身を描いた、私小説的な文学であるともいえるのではないか。つまりスタンリーは、自分の仕事とやりたいことを、ついに合流することができたのである。そして、大ヒット作『スパイダーマン』が生まれることとなる。
『スパイダーマン』は、さらに現実的で内省的なものとなった。スーパーヒーロー作品でありながら、主人公である青年ピーター・パーカーは、人間として襲いくる悲劇や現実の壁に突きあたり思い悩む。その内容は、いまも映像化されたさまざまなシリーズの中身に反映されているといえよう。