『シン・仮面ライダー』はコアなファン以外も楽しめる作品なのか 原作やテーマから考察

 だが庵野監督は、『新世紀エヴァンゲリオン』をTVシリーズと劇場版で終結させたのちに、再び『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を手がけることとなる。その製作発表における所信表明「我々は再び、何を作ろうとしているのか?」において、庵野監督は、このように述べている。

「エヴァ」はくり返しの物語です。
主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。
わずかでも前に進もうとする、意思の話です。

 なぜ庵野監督は、見事な結論へとたどり着いたにもかかわらず、「エヴァ」を繰り返したのか。それは、「エヴァ」が終わっても、作り続ける人生にまだ終わりはこないからであろう。オタク的な要素から離れ、実写映画『ラブ&ポップ』(1996年)と 『式日』(2000年)を手がけて、十分に充実した仕事を達成したものの、やはりそれだけでは満足できず、永井豪原作の実写映画『キューティーハニー』(2004年)に手を出し、さらにそのなかで『仮面ライダー』初期シリーズのパロディ場面を嬉々として演出してしまったのである。“オタクとしての自分”を否定しても、やはりそこへ帰ってきてしまう。そのジレンマにとらわれた庵野監督は、それ自体を再びテーマとして設定し、再び「エヴァ」に取り組んだのである。だからこそ「エヴァ」は、“くり返しの物語”なのだ。

 だが、その最終作となった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(1997年)と比べると、確かに社会性の獲得を重要なものだと表現しているのは変わらないが、オタクとしての自分を否定する部分が弱くなっているのも確かである。どうやら庵野監督は、ジレンマに向き合ったことで、少なくとも現時点においては、ありのままの自分を肯定できるようになってきたということだろう。だからこそ、幼少期の夢を叶える企画『シン・仮面ライダー』にも手を伸ばしたということではないか。

 そして、その過程こそが、この『シン・仮面ライダー』で描かれていると考えられる。「コミュ障」だと劇中で語られる主人公・本郷は、人類の存続のために戦うが、その戦闘のなかで敵の命を奪ってしまうことに葛藤を覚え、悩みを抱え続ける。そこに、ともに戦う仲間・一文字隼人(柄本佑)が登場することで、生きづらさが軽減されるのである。“辛い”の「辛」という漢字に、「一」という字を加えれば、「幸」になる……劇中のこの言葉は、文字通り“一文字(隼人)”が加わることで、本郷の葛藤が薄まり、一文字隼人の孤独も癒されるといった構図を示している。

 二人がともに一つの存在として駆け抜けていく本作のラストシーンは、やはり漫画版の途中で、すでに描かれている場面だ。しかし、それを結末に持ってきたのは、前述したような監督自身の分裂した自分同士の対立関係に和解がもたらされたことを、庵野監督が表現したかったからなのではないだろうか。であるならば、自分が幸せになることと、世界を幸せにすること……『シン・仮面ライダー』は、庵野監督が、その二つを両立させる境地に至ったことを指し示す作品だったといえるはずである。

 実際にインタビューにおいても、庵野監督は、「僕だけじゃなくて、あの頃『仮面ライダー』を好きで毎週観ていた人に向けても作りたいし、その頃生まれていない、いまの青年や子どもが観ても面白いといえるものを目指したい」と語っている。(※)しかし、そうなってくると、果たして本作『シン・仮面ライダー』自身は、それを体現できた作品だったのかどうかを問わなければならなくなってくる。

 前述したように、それはやはり達成できていなかったのではないか。ビジュアルにおいて、現在の目で見てクールだと万人が感じるような要素は乏しいし、アニメーションの技術を活かした、細かいカット割で観せるアクションシーンは、動きの連続性をいちいち断絶させてしまっているため、実写作品として観客が快感を覚えるものになっていない。

 ここで監督がやりたいこと、表現したいものというのは、『仮面ライダー』初期当時のスタイルであり質感といった、まだ広い視野で作品を俯瞰するという大人の楽しみ方を知らない、当時の庵野少年の目線と記憶に、あまりにも寄り過ぎたものだったと感じるのである。もちろん『仮面ライダー』シリーズには、『ゴジラ』シリーズ同様に、やりようによって現代に通用する部分がたくさん存在する。しかし、『仮面ライダー』を愛するあまり、娯楽作品としての匙加減や、オリジナルの本質部分を見失ってしまったというのが、正直なところではないだろうか。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の冒頭で、真希波・マリ・イラストリアスが「三百六十五歩のマーチ」を歌い、「三歩進んで二歩下がる」と口ずさんでいたように、「シン」シリーズの実写作品としては、『シン・ゴジラ』で三歩も四歩も歩み出した後で、『シン・ウルトラマン』、『シン・仮面ライダー』で一歩ずつ後退し、このシリーズ全体についての期待感が薄まってしまった印象がある。だが、何度もわれわれ観客を驚かせてくれた庵野監督が、このまま退がり続けるわけはないだろう。次の一歩は、前進する番である。

参照

■公開情報
『シン・仮面ライダー』
全国公開中
出演:池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキほか
原作:石ノ森章太郎
脚本・監督:庵野秀明
配給:東映
©石森プロ・東映/2023「シン・仮面ライダー」製作委員会
公式サイト:https://shin-kamen-rider.jp
公式Twitter:https://twitter.com/Shin_KR

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