『夕暮れに、手をつなぐ』に滲む北川悦吏子の悲哀と自責の念 空豆、音ら若者に漂う空虚感

 そもそもかつての北川悦吏子ドラマの場合、パワフルでエネルギッシュなヒロインが、傷つきやすくナイーブ男子を振り回しつつも、エネルギーを吹き込んでいた。しかし、空豆と音の場合、どちらも恋に傷ついていて、音は恋に懐疑的で心を閉ざす一方、音は「誰でも拾ってくれるなら」と限りなくマイナスからの出発点になっている。

 それを思うと、婚約破棄されたのに「慰謝料」を検討しないのも、幼い頃に大切な人に捨てられ、踏みつけられてきたために、「当然受け取るもの、与えられるもの」という権利としての発想がないのだろう。水族館デートで爽介がくれた水クラゲの指輪を「うれしか~」「きれいか~」と喜び、プロポーズだと思い込んだのも、単に純粋だから、恋愛経験が乏しいからばかりではなく、翔太以外の他者と濃密かつ対等な関係が築けなかったからではないか。その根底には「母に捨てられた」思いがあり、諦めや自己肯定感の低さがあり、それが婚約破棄によってさらに無力感につながっているように見える。

 振り返ると、近年の北川悦吏子ドラマでは、「親子のあり方」や「世代間ギャップ」「お金・貧困」の問題を描くことが増えている。

 『ウチの娘は、彼氏が出来ない‼』では、最初はトモダチ親子を装った「毒親」の話に見えて、それぞれの恋愛が描かれた後、最終的に「血のつながらない親子=価値観が異なる、別人格の親友」像が見えてきた。オワコン呼ばわりされつつ、金儲けの道具にされる悲哀も印象的だった。

 NHK連続テレビ小説『半分、青い。』(2018年度前期)では、トレンディドラマの女王と呼ばれた北川がお得意のバブル期を舞台として描いていたが、凄まじい迫力を帯びてきたのは「人生・怒涛編」に入ってから。バブル崩壊後、デフレに入り、ヒロイン・鈴愛(永野芽郁)は目指していた漫画家をやめることになるが、家族に言えず、100円均一ショップで働き始める。そこで映画監督志望の“青い”男性と結婚、出産するが、夫はクリエイティブな仕事への夢を捨てきれず、離婚し、シングルマザーとなり、実家に帰る。片耳難聴があること、学歴がないことも、バブル崩壊後に重くのしかかってくるのだ。

 『夕暮れに、手をつなぐ』においても、翔太や爽介など、「起業家」があちこちにいるし、音の「コンポーザー志望のカフェ店員」のように、一見バブルの価値観をそのまま現代風に変換しただけのような設定があったりする。その実、音は就職せずに夢を追うことで彼女にフラれ、その彼女は一流企業に就職した男と付き合い始めたというし、空豆は頼れる友達もいなければ学歴も職歴もなく、蕎麦屋のバイトで「300万円の前借」を唐突に懇願するような金銭感覚の薄弱さ・幼さがある。

 そんな彼らとは対照的に、響子は芸術家で資産家で、下宿のオーナーで自由人で、空豆の田舎の祖母は足は悪いが、口も悪い、マシンガントークの達者なご老人だ。なんというか、もともと抱えているバッテリー量が、中高年世代と若者とで、不公平なほどに違うのだ。こうした若者と中高年の描き方の差に、誰よりバブルをよく知り、その崩壊とこの国の凋落を肌で感じてきたであろう北川悦吏子の悲哀とある種の自責の念のようなものが見える。

 だからこそ若者世代に漂う空虚感や無力感、よるべなさや愛おしさの一方、中高年世代のパワフルさへの自虐や無意識の加害性などが回を重ねるごとに際立ってくるのだろう。

 「何もない」「他力本願」と寂しげに言う空豆が、たった一つ、幼い子どものようなキラキラの目で「心沸き立つもの」として挙げたのが、ショーウィンドウに飾られたウェディングドレスだった。ある種の犠牲者でもある空豆が、自身の中にずっと空いたままの穴をどのように埋めていくのか。

■放送情報
火曜ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』
TBS系にて、毎週火曜22:00~22:57放送
出演:広瀬すず、永瀬廉(King & Prince)、川上洋平([Alexandros])、松本若菜、田辺桃子、黒羽麻璃央、伊原六花、内田理央、櫻井海音、茅島成美、酒向芳、遠藤憲一、夏木マリ
脚本:北川悦吏子
演出:金井紘、山内大典(共同テレビジョン)、淵上正人(共同テレビジョン)
プロデューサー:植田博樹、関川友理、橋本芙美(共同テレビ)、久松大地(共同テレビ)
編成:三浦萌
制作協力:共同テレビジョン
製作著作:TBS
©︎TBS
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