2022年の年間ベスト企画
荻野洋一の「2022年 年間ベスト映画TOP10」 「映画だけが……」とゴダールがつぶやく
7位と8位の日本映画2本、三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』、川和田恵真『マイスモールランド』には無駄なカットがひとつもない。前者は耳の聞こえない女子ボクサー、後者は難民認定が下りずに苦境に陥るクルド人少女。2本の映画は、厳しい環境にあっても自尊心を失わない彼女たちの生の、濃密な時間を聡明に切り取っていく。
ペドロ・アルモドバルによる9位『パラレル・マザーズ』に通底する、隠れた真実が明るみになる瞬間への執着も、「映画だけが」なしうることがらである。スペインで2007年に成立した「歴史記憶法」(フランコ独裁政権下で弾圧を受けた犠牲者の名誉回復と、遺族の補償を定めた新法)への言及が、土から掘り返される白骨、遺品、証言を裏づける義眼など、単に蛮行の黒い歴史の記録としてではなく、今ここに現前するイメージとして目の前に現れる。
TOP10に女性監督作品を『マイスモールランド』と『ファイアー・オブ・ラブ』しか選び得なかったことは、現在を生きる選者として忸怩たる思いだ。火山に魅せられ、火山研究に生涯を捧げたクラフト夫妻を記録したディズニープラス配信のドキュメンタリー『ファイアー・オブ・ラブ』は、まるでジャック=イヴ・クストーの海底映画のようだ。溶岩の間近まで嬉々として近づいていく夫妻の、惑星の驚異に向けられたあくなき情熱、そして畏怖の念が、若き日に最初に訪れたストロンボリ島から1991年の雲仙普賢岳での死の寸前まで描かれる。そんじょそこらのSF大作は『ファイアー・オブ・ラブ』が見せる本物の驚異の前であえなく雲散霧消するだろう。
2022年という厳しい年において、一選者たるわたしは、ここに挙げた10本の作品がもたらしてくれた素晴らしい記憶、勇気を与えてくれた記憶を反芻しながら、ただ芸もなく「映画だけが……」と、画面にむかって念仏のように唱え続けている。