『silent』は言葉を探す物語 『いつ恋』坂元裕二から引き継がれた恋愛ドラマの黄金律
『いつ恋』は坂元裕二の作家性に依存する部分も多く、月9枠で直接的な後継作品は出なかったが、繊細な言葉の世界に影響された新しい世代の書き手が登場した。その一人が『silent』で連続ドラマデビューを飾った生方美久である。坂元と同じフジテレビヤングシナリオ大賞の出身者で、もっとも尊敬する脚本家として坂元を挙げる生方の作風は、詩的な断片を織り込んだ会話劇や長台詞の使用などで坂元と共通項が見られるが、それ以上に恋愛劇を関係性の位相で見つめる視点が直接的な影響関係を示している。
『silent』において聴覚障害は単なるバリアではない。聞こえない状況が生み出すのは視覚と聴覚の分離だが、それは届くはずの言葉が届かないという言葉の不在をもたらす。第8話で想(目黒蓮)が紬(川口春奈)に、声を出さない理由を「自分に聞こえないから、誰にも届かない感じがする。自分で感じ取れないことがすごく怖い」と語ったことは、言葉によるコミュニケーションの断絶を示している。『silent』には先天性難聴者と中途失聴者、聴者のキャラクターが登場するが、各自が恋愛において異なったコミュニケーション状況に置かれることに注意が必要だ。生まれつき耳が聞こえない奈々(夏帆)は想の声を想像するしかなく、想が感じる紬の声は記憶の中にある。音のない世界、聞こえていた世界、聞こえる世界のそれぞれに特有の壁があり、言葉と思いは行き場を失ってさまよう。
それらの世界をつなぐ手話もただの道具ではない。手話で想と会話する紬を見て、奈々は「プレゼントを使い回された」と感じ、手話サークルに誘った春尾(風間俊介)を「偽善」と罵る。手話が思いを届ける個人的な私信であると強調することは、関係性を築く言葉の機能を重視する一つのあらわれといえる。紬が想と初めて手話で交わす会話は自己紹介から始まった。指の隙間からこぼれ落ちる感情を一つ一つすくい上げることは、言葉が届かないもどかしさの先に手を延ばす試みでもある。『いつ恋』の系譜にある『silent』は、言葉を探す営みにこそ恋愛ドラマの醍醐味があることを教えてくれる。
■放送情報
木曜劇場『silent』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00~22:54放送
出演:川口春奈、目黒蓮(Snow Man)、鈴鹿央士、桜田ひより、板垣李光人、夏帆、風間俊介、篠原涼子ほか
脚本:生方美久
演出:風間太樹、髙野舞、品田俊介
プロデュース:村瀬健
音楽:得田真裕
制作:フジテレビ
©︎フジテレビ
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/silent/
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