『チェンソーマン』はなぜ“実写映画的”なアニメになったのか 脚本・瀬古浩司インタビュー

 藤本タツキ原作のTVアニメ『チェンソーマン』が放送スタートした。

 熱狂的なファンを獲得している同作のアニメ制作を手掛けるのは、『進撃の巨人 The Final Season』や『呪術廻戦』を作ってきたMAPPA。そして、本作の脚本を手掛けるのは、数々のヒットアニメの脚本を手掛けてきた瀬古浩司だ。

 近年、数多くのアニメ作品の脚本を任されている瀬古だが、そんな彼から見て『チェンソーマン』の魅力とは何か、その魅力を映像に翻訳するためにどんなことを考えて執筆したのかなどについて話を聞いた。(杉本穂高)

原作ものは愛情とリスペクトが出発点

――瀬古さんは原作を読んだ時、どんな印象を抱きましたか?

瀬古浩司(以下、瀬古):すごく映画的な漫画だと思いました。モノローグは少なく、カメラワークは時にダイナミックで時に繊細、画面には常に空気が流れている(たとえば常に埃が舞っていたり風が吹いていたりする)ように感じられる。良質な2時間のアクション映画を観ているような感覚を受けました。一度手に取ったら読み手を離さない強烈なエネルギーとパワーに満ちていて、シナリオを書く時も、とにかく原作の熱量を冷まさないようにと意識していました。

――瀬古さんは、人気マンガのアニメ化脚本を多く手がけておられますが、原作ものを扱う時、一番気を付けていることはなんでしょうか?

瀬古:僕の場合は漫画原作のアニメ化を担当することが多く、原作者の先生にもお会いするのですが、どの先生も文字通り肉体と魂を削って漫画を描かれてるんですね。で、そうして生み出された作品に愛情とリスペクトを持つ。それが僕の場合、出発点になります。それを踏まえた上で原作を読み込み、脚本を書きながら理解を深めていく。そうすれば例えばオリジナルのシーンを作る時も原作に対して正しいアプローチが取れるし、また逆に尺の問題で内容を削らざるを得ない時も正しく削れると思っています。原作を理解しないままシーンを足したり削ったりするとストーリーが破綻したり歪な構成になったりという結果にもなり得るし、そうなると、ファンの方も原作者の先生もアニメ制作側も、全員が不幸になると思うんです。なので、今回の場合もシリーズ構成にしろ脚本にしろ藤本先生に確認して納得いただいた形で進めていますし、いずれにしてもテレビアニメの場合、尺は絶対に変えられないので、与えられた尺の中で如何に最高の状態に持っていけるかを常に考えていますね。

――『チェンソーマン』は映画的なマンガとのことですが、そういった作品をアニメという映像作品の脚本にする時、どんなことに気を付けるものでしょうか。

瀬古:映画的な漫画ではありますが、漫画である以上は紙に描かれたものですから、その魅力や面白さを映像にした時にいかに最大化できるかを常に考えています。ただ、作品によってアプローチは変えていて、例えば『呪術廻戦』に関しては、僕は“漫画的な漫画”だと思っているので、オリジナルのシーンを作る時も漫画的なアプローチで考えていました。

――オリジナルの描写を足すとき、原作の魅力をさらに引き上げることを第一に考えるのですか?

瀬古:大前提として、オリジナルのシーンを足す時には常に原作の魅力を損なわないように、また原作と齟齬が起きないかに細心の注意を払っています。ただ、オリジナルのシーンを足す理由にはいろんなパターンがあって、単純に尺の問題でシーンを足す必要があったり、映像にした時にコマとコマの間が飛びすぎている場合はその間を補完するためだったり、原作にある描写の解像度をさらに上げたり、あるいは補完するためだったりします。

――第1話でこだわってシーンを追加した場所はありますか?

瀬古:原作にない描写ですと、デンジがゾンビたちから逃げる途中に、ロッカーを倒してゾンビを遮るという芝居を足しています。ゾンビ映画とか『ウォーキング・デッド』でよく見るアクションなんですけど、あの“ロッカー倒し”がやりたくて入れさせてもらいました。

――テレビアニメのシリーズ構成という仕事をするうえで大事なことはなんですか?

瀬古:まず、実際にシリーズ構成を作る前段階として、監督と話し合って原作のどこまでを映像化するのかを決めます。それが決まったら、今度はそれぞれの話数で何をやるのかを考えて話を割っていき、原作の先生にも確認して頂きつつ、調整していくことになります。この話を割り振るという作業がシリーズ構成の最も大きなウェイトを占める部分だと思っているのですが、僕の場合はそれぞれの話数にちゃんとテーマがあるかということと、最後の引きをどうするかを重要視します。あとは見始めたら体感5分くらいに感じられるかどうかも考えますが、これは脚本の段階の話ですね。いずれにしてもこれらのことを大切にしているのは完全に海外ドラマの影響です。

――原作者の藤本先生や担当編集の林士平さんからは何かリクエストはありましたか?

瀬古:リクエストは特になかったですね。ここはこうしてほしいとか、こういうことはやらないでくれみたいなことは一切なかったです。もちろんこちらが書いた脚本はすべて藤本先生、林さんに読んでいただいていて、細かい部分の解釈や、こちらから「これはどういう意味でしょうか」と質問することはありました。あとは今回、尺を合わせるためにオリジナルシーンを結構追加しているんですけど、その部分についてもOKと言っていただけてありがたかったですね。

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