『ちむどんどん』羽原大介が伝えたかったものは何だったのか 202X年の最終話を終えて

 戦争の記憶を持った人たちが少しずつ減っていく。あのときのことを記録しておかないといけないと聞き書きしたり作品にして残したりしているなかで、あまりに辛いことはなかなか口に出せない人もいるし、複雑過ぎて簡単に言語化できないこともある。その象徴としてまもるちゃんがいたのだろう。社会問題にダイレクトに切り込んでいくのではなく、朝、気楽に観られて、でもそのなかに、ふと気になったことがあれば、それを視聴者が独自に広げていく、そんなできるだけライトなエンタメを心がけて、肝心なことをあえて何も語らない。無口な男の美学みたいな作風は、つかこうへいの劇団育ちである羽原大介らしいといえばらしい。

 直木賞受賞作家でもあるつかこうへいは劇作家としても小説家としても天才的で人気作家で時代の寵児のようだった。押し出しの強い過激な描写と裏腹に根底には繊細な愛に満ちて観客や読者の心を熱くした。めちゃくちゃ饒舌なのに本当に言いたいことは言葉にしない屈折があって、その言葉にしないところが弟子筋に当たる羽原大介の書くものにはあるような気がする。朝ドラ『マッサン』(NHK総合)のマッサン(玉山鉄二)はまさにそういう人物だった。謝りたくても意地を張って謝れない、そんな人物だった。『ちむどんどん』では賢秀がそういうタイプであるが、言葉にしないことがまもるちゃんに行き着いたのではないだろうか。

 はっきり言葉にできないことはあるけれど、次世代が歴史を受け継いでいかないといけない。それが令和の課題である。『ちむどんどん』で疑問視されたことがいくつかあるなかで、「ウークイの夜」の週で取り上げられた遺骨収集活動をし続ける嘉手刈(津嘉山正種)の話。これもまた、空襲から逃げるときに少女の手を離してしまい、自分だけが生き残った話であった。その話を聞いた和彦(宮沢氷魚)は暢子の手を決して離さないと誓い、プロポーズするが、戦争の痛ましい話と自分たちの恋愛をごっちゃにして見えることに違和感を覚える声があった。筆者もすこし不謹慎な印象を感じた。

 こういう感覚はあってならないのかと考えたときに、思い浮かんだ作品がある。2005年に岸田國士戯曲賞を獲った岡田利規の『三月の5日間』である。これはイラク戦争がはじまったとき、行きずりの男女が渋谷のラブホテルで5日間過ごす話だ。彼らを取り巻く広い世界では戦争が起こっているが、ラブホテルのなかではそれとは関係のないやりとりが進行している。頭か心の片隅には戦争が起こっていることがありながら。この作品はたいそう絶賛されたのだ。筆者としてもこういうことはとてもリアルだと感じた。なのになぜ「ウークイの夜」はリアルに感じられなかったのだろう。

 もう一作、朝ドラ『カーネーション』(NHK総合)を書いた渡辺あやは、京都の古い学生寮の取り壊しにまつわるドラマ『ワンダーウォール』(NHK総合)で大事な場所が権力に損なわれようとする状況と恋を重ねて描いている。これにもなぜ社会問題を恋に例えるのかと感じたことはない。ところがなぜ『ちむどんどん』では、生き残った者たちから誕生した子どもたちが出会い恋することを素敵な物語にできなかったのか(素敵に思った方もいるとは思うけれど)。やりようによっては名作にもなり得たのではないか。五郎が40年ぶりに訊ねてきたことにも40年という重みや時間をかけても伝えに来た想いが名作になり得たのではないか。なぜ……もったいない、と思ったとき、房子(原田美枝子)の語ったニーチェの言葉を思い出さずにはいられない。

■放送情報
連続テレビ小説『ちむどんどん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
主演:黒島結菜
作:羽原大介
語り:ジョン・カビラ
沖縄ことば指導:藤木勇人
フードコーディネート:吉岡秀治、吉岡知子
制作統括:小林大児、藤並英樹
プロデューサー:松田恭典
展開プロデューサー:川口俊介
演出:木村隆文、松園武大、中野亮平ほか
写真提供=NHK

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