「父上……これでよいのですか？」

　豊かな感情をぶつけ、愛情や悲しみや憎しみがひしひしと感じられる彼らとは対照的に、義時は人間味を失っていく。第31回で義時は、北条の未来を築くために覚悟を決めた。あの時見せた鬼のような鋭い眼つきと感情の見えない暗い瞳が、今の義時の姿を表す。第32回で義時は、比奈が涙を浮かべても、表情を変えなかった。義時は比奈をそっと抱きしめたが、腕の中の比奈が言ったように、同じぬくもりであってもそこにいたのは2人が出会った頃の義時ではない。善児に対する言動も冷酷である。

　一幡に手を下せないと話す善児に、義時は「千鶴丸と何が違う」「似合わないことを申すな」と冷たく口にする。かつて善児が仕えていた伊東祐親（浅野和之）が善児によって命を奪われる直前に、善児に笑顔を見せ、彼の名を呼んでいたことを思い出すと、祐親以上に善児を道具として扱っているように感じる。仁田忠常（高岸宏行）が自害した際には、義時は頼家に「頼家様の軽々しいひと言が、忠義にあつい、まことの坂東武者をこの世から消してしまわれたのです」と真正面から非難する。かつて義時は、鎌倉殿としての在り方に悩む頼家に寄り添い、「頼朝様は人を信じることをなさらなかった。お父上を超えたいなら、人を信じるところから始めてはいかがでしょう」と優しく声をかけた。だが今回、義時は頼家をあからさまに牽制した。若き将軍に寄り添ってきた義時の姿はもうない。

　第32回では忠常の死も触れないわけにいかない。忠常は義時とともに数多くの戦を勝ち抜いてきた。忠常演じる高岸の明るい笑顔は物語を明るくし、キッと厳しい顔を見せたときには戦い抜いてきた武士の強さが感じられた。頼家と時政（坂東彌十郎）の間に挟まれ、苦悩する表情には彼の強い忠義心がそのまま表れていたように思う。忠常は自死を選ばざるを得なかった。あの頼もしい忠常の姿をもう二度と見ることができない。

■放送情報
『鎌倉殿の13人』
NHK総合にて、毎週日曜20:00～放送
BSプレミアム、BS4Kにて、毎週日曜18:00～放送
主演：小栗旬
脚本：三谷幸喜
制作統括：清水拓哉、尾崎裕和
演出：吉田照幸、末永創、保坂慶太、安藤大佑
プロデューサー：長谷知記、大越大士、吉岡和彦、川口俊介
写真提供＝NHK