“リッチな体験”が映画化成功のカギに? 2021年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】

『鬼滅の刃』に始まり、『劇場版 呪術廻戦 0』に終わった2021年

杉本:外国人のキャラクター自体は、これまでも日本のアニメの中に出てきますが、かなりステレオタイプな「外国人というキャラ属性」になっているキャラクターもいますよね。今後は、そういう“キャラ属性”を乗り越えたリアリティを獲得させていかないと、(作品は面白くても)余計なハレーションが起きやすい気はしています。その点、細田監督作品のキャラクターは、モブキャラクターのデザインがバラエティに富んでいる。そうした細田監督の国際感覚はもしかしたら、国際映画祭にたくさん参加されていろんな声を聞いているというのも背景にあるのではと思います。

『キャロル&チューズデイ』(c)ボンズ・渡辺信一郎/キャロル&チューズデイ製作委員会

藤津:今年の作品ではないですが、渡辺信一郎監督の『キャロル&チューズデイ』はニューヨークっぽい火星が舞台で、ニューヨークという多様な人が歩いている街ということで多様性に富んだモブキャラクターをいっぱい描いています。キャラクター原案の窪之内英策さんにメール取材をしたときも、ある種のデフォルメのスタイルを念頭に置きつつ、いろんな人を描いたとおっしゃっていました。ただ当然、演出をより細部までコントロールをする必要がある。

杉本:いろんな人種を描くのってシンプルに大変な作業ですからね。それが難なくできるアニメーターはどれくらいいるのかという問題もあるのかもしれません。

藤津:あと主役よりも個性的な顔がいるとどうしても視聴者はそちらに視線がいってしまうから、主役に目を持っていくために記号的な要素――例えば肌の色や髪型――のトーンをまとめたいというのはあるんじゃないかな。そういったバランスは、ある作品で一度“これが正解=うまいやり方”というのが出ればスタンダードになっていくとは思います。例えば、昔は爪をどう描くかというのはあまり正解がなかった。『風の谷のナウシカ』ではカットによって爪が描かれているんですが、あれは爪を塗り分けるという手法でしたが、若干うるさくも見える。今だとデジタルで細かな色調の変化もできるようになったことも加わって、もっと自然に爪が描かれています。このように、作品の世界観の邪魔にならない記号化が発見されると自然とそういう描き方が広まるので、モブキャラクターの人種表現もいつかブレイクスルーがくるだろうと僕は思っています。

杉本:そうですね。日本のアニメは、国際的な認知が高まってきていて、とりわけ配信で広く観られるようになって新しい市場が開拓されつつある今ブレイクスルーが待ち望まれます。国内に目を向けると、人気という点では、2021年は2020年から続く『鬼滅の刃』の大ヒットに始まり、『劇場版 呪術廻戦 0』の大ヒットに終わるという。

杉本:この大ヒットは『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)の力がアニメ界、漫画界のみならず、映画界においても1つの大きな柱になりつつあるという状況を示しているように思います。

藤津:すごく雑な言い方をすると、日本でどこがディズニーみたいなメディア帝国を作るのか、という話だと思っています。ディズニーはキャラクターを抱えて、しかも大きなメディアを今作ったわけですが、日本はメディア状況としてはそうなっていない。でもそんな中で、集英社はそのつもりはなくてもキャラクターの生みの親としてこれから積極的に振る舞っていくんじゃないかと感じています。2022年には、『ONE PIECE FILM RED』に『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』がありますし、今後集英社の存在感はさらに強まりそうです。

杉本:そのタイトルの他にも、「ジャンプフェスタ」(2021年12月18日、19日開催)ではアニメ化の発表も多かったですよね。『BLEACH』や『るろうに剣心』、『テニスの王子様』といった旧タイトルに、『少年ジャンプ+』で今人気のある『SPY×FAMILY』や『チェンソーマン』、『僕のヒーローアカデミア』の続編に『あやかしトライアングル』、『サマータイムレンダ』、『Dr.STONE』も控えています。

藤津:『Dr.STONE』は北米でずっと人気があるらしいですね。ちょっと前に集英社の方がインタビューで答えていたのは、少し前までは、アニメ化されてそれが海外に配信されて単行本が動くという流れがあったんだけれど、今は『ジャンプ』というブランドが認知されたせいか、アニメ化する前のものが海外で動き始めるというふうになっているらしいです。

杉本:映画化だけではなくて、例えば『少年ジャンプ+』では新しい作家の読み切りが次から次へと出てきています。

藤津:しかも、みなさんすごく現代的な切り口で描かれている。

杉本:かなり多彩ですよね。ディズニーの話が先ほどありましたが、本当に総合エンタメ企業にこのままなっていくのかもしれない。

渡邉:これまで日本におけるメディアミックスというと、集英社とKADOKAWAがあったと思うんですよ。KADOKAWAも多くの要素を持っているけれど、集英社の場合はアラフィフ世代の親も子どもも楽しめるコンテンツがKADOKAWA以上に強いと感じます。

杉本:長く続いている漫画雑誌って他にもあるんですけど、『ジャンプ』は新人作家のプロデュース力という点で突出していますよね。これは、リアルサウンド映画部ではなく、リアルサウンドブックで議論した方がいいのかもしれませんが(笑)。

藤津:でもここまで『ジャンプ』原作アニメが注目作として挙がってくると、原作の世界にも目を向けないと見えないことが多いなという感じはしますよね(笑)。

杉本:日本中のアニメスタジオが『ジャンプ』作品をやらないといけなくなる(笑)。

藤津:求められるクオリティが高くなっているのでスタジオさんは大変だと思いますね。

杉本:クオリティを求められてということなのか、MAPPA担当の『ジャンプ』原作アニメが増えていますよね。

藤津:10周年に合わせて雑誌でMAPPAの大塚社長に取材をする機会があったんですが、MAPPAは制作力で、自分たちのポジションを作る会社だとおっしゃっていて、先輩のスタジオとしてufotabeleや京都アニメーション、P.A.WORKSも挙げていました。制作力でもって制作会社の地位を高めていくというのは当たり前に見えてなかなか大変なことです。有無を言わせないクオリティー感で勝負するというのはポイントで、同様の流れでWIT TUDIOも注目されていると思います。

杉本:MAPPAと言えば『劇場版 呪術廻戦 0』が大ヒットとなりましたが、皆さんは率直にどうご覧になりました?

渡邉:もちろんアクションシーンはすごかったですし、話としては非常に面白かったですけど、『鬼滅の刃』と同じでなんでこれが100億まで行くのか、あまり僕の中で実感としてはわからなくて……。

藤津:『シン・エヴァ』の100億達成の方が分かるということですよね。

『劇場版 呪術廻戦 0』(c)2021「劇場版 呪術廻戦 0」製作委員会 (c)芥見下々/集英社

渡邉:そうですね。『鬼滅の刃』と同じでシリーズ化されたものの一部を切り取ったという形態も自分のような世代からすると不思議で。ただ、「Z世代感」というか令和を感じる部分があるんですよね。主人公の乙骨は、『エヴァ』のシンジと被るところがありますが、シンジのようなトラウマがあるというよりは交通事故で死んでしまった好きな女の子との非常にセカイ的、イマジネイティブな関係性によって自分の中で正義を持っている。これって『鬼滅の刃』の炭治郎とすごく似ているんですよね。自分の中の正義というものがあって、それにすごく忠実。そういう主人公像の描き方が現代的でヒットの要因なのかなと思ったんですが……藤津さんはいかがですか?

藤津:少しトートロジーっぽくなってしまうんですが、“映画っぽい映画か?”と言われるとそうではないと思うんです。ただ、テレビシリーズの人気を前提としたスペシャル版としてはすごく良くできている。まず、この「すごく」という言葉のニュアンスがなかなか難しいわけです。普通は「ちょっと」よくできているんです。この「すごく」よくできているというのは、つまり、アクションも見どころが多いし、独立作品でもあるので、乙骨くんの感情さえ追いかけていけば原作未読の人も楽しめるし、原作好きな人は五条先生だったりの過去も楽しめるといった複数の要素も入っている。しかも光や色や音、動きのクオリティがアニメ化されたことでさらに上乗せされている。普通の邦画を観るよりも同じ値段だったらこっちの方がリッチな体験をしたと思えるものになっているということは、すごくストロングポイントだと思います。独立してなにか現実を切り取って見せるタイプの作品ではなくて、1種のプログラムピクチャー――というかブロックバスターのほうが正確でしょうか――としての完成度、観て損はさせない力がすごく強い。こういう傾向がアニメ映画で始まったのは2014年の『名探偵コナン 異次元の狙撃手(スナイパー)』や2009年の『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』からだと思います。このあたりからTVでおなじみの作品も、ちゃんとデラックスに作ったら勝算があるという狙いが明確になっている。それまではわりと東映さんは年1回の子供向け定番興行が多くて、『ONE PIECE』原作があれだけ人気なのになんで興行収入は上がらないのかという模索があったと思います。それで仕切り直したときに原作者の尾田栄一郎先生にコミットしてもらって大作として作るという手法が、成功した。その流れが今のアニメ映画にも続いているんだと思います。

渡邉:今の藤津さんの話は僕の中ですごく納得しました。僕はやっぱりメディアやデバイスの面で考えてしまうんですが、それってやっぱり今Netflixがやっていることとすごく近いと思います。結局小さいテレビの画面だけれどそこにNetflixは資本を投じることで、テレビでリッチな体験をさせている。

藤津:ゴージャス感は人を惹きつける1つの要因だと思うんですよね。いわゆるプログラムピクチャー的なものが今邦画でどれくらい力を持っているのか僕は分からないんですが、例えばマーベル作品や『007』を観れば、キャラクターの楽しさ、間口の広さ、いち映画としてのワクワク感といった要素は揃っている。これまでアニメはそこと戦うには少し弱いと思われてきましたが、ここ10年ぐらいの間に、現在の技術で本気で実写のプログラムピクチャーに戦いに行ったら勝てるという計算ができている。

渡邉:プログラムピクチャーかどうかはわからないですが、一方で漫画の実写映画化というのが流行っているじゃないですか? ただ、『るろうに剣心』など面白いものもありますが、実写映画化は結構ピンキリという印象がある。一方で、アニメの『呪術廻戦』や『鬼滅の刃』はものすごくヒットしている。その違いは気になります。あとはなにより2.5次元ですよね。同じ漫画やアニメを原作にしていても、実写映画では微妙でも、2.5次元だと楽しめるということもある。これは藤津さんが書かれていたリアルの問題に通じると思うんです。

藤津:個別の事例はちょっと置いておいて、一般的に言うと2.5次元もアニメも記号に過ぎず、リアリティというのは記号が本物に見えるポイント=発火点みたいなものがある。作品にリアリティを感じるために観客の想像力が求められるわけです。その想像するという行為において、実写映画とアニメ・2.5次元では少しタイプが異なる。実写映画はあくまで現実の風景として観るものですよね。その差は大きいと思います。

渡邉:ファンが参入していくというか。それにあたっては「推し」という概念も想像の推進力になりそうです。

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