“リッチな体験”が映画化成功のカギに? 2021年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】

 2021年のアニメ界を振り返るために、レギュラー執筆陣より、アニメ評論家の藤津亮太氏、映画ライターの杉本穂高氏、批評家・跡見学園女子大学文学部専任講師の渡邉大輔氏を迎えて、座談会を開催。

前編:若手とベテラン双方の活躍光る豊作の年 2021年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】

 後編では、国内アニメ作品のグローバル性、『鬼滅の刃』に続く『呪術廻戦』のヒットが象徴するジャンプ作品の隆盛について語り合い、そして2022年の注目作品もピックアップしてもらった。(編集部)

細田守監督が“国際性”を重視した『竜とそばかすの姫』

杉本穂高(以下、杉本):細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』も65億円という興行収入で、今までの細田作品の中での興行収入記録を更新しました。カンヌ国際映画祭でも好評で、アカデミー賞ノミネートは逃しましたが北米史上で初週に6位につけています。

藤津亮太(以下、藤津):僕は細田監督が本来期待されている役割をしっかりと果たした作品と位置付けています。僕は『バケモノの子』はよくわからないと思うところが多かったんです。あの作品もヒットしたし、エンタメ性も高いけれど、細田監督の良さが活きているのかというとそうではないかなと。むしろ『未来のミライ』の方が僕は好きだったんですが、これはテーマがニッチだと思うので、ヒットしなかったというのもわかる。そういう意味では今回はいろんな要素を漏らさずに、かつ、細田監督の手腕で観たことのないものを作るということに成功した作品だと思います。しかも、現代性もある。

渡邉大輔(以下、渡邉):私も細田監督は『おおかみこどもの雨と雪』以降、ポスト宮崎駿のファミリー向けのヒット作を期待されてきたけれど、ご本人は実はインディペンデントなニッチなテーマに親和性があるような感覚を持っていました。今回の作品は、細田監督が東映動画に入って、アニメを始めた頃に観た『美女と野獣』に感動したという個人的な動機や動物が好きという自分の趣向も持ちつつ、ディズニーで活動されてきたデザイナーを呼んだり、広くポピュラーにアピールできるようなフックをたくさん詰め込んで期待に応えた、非常にうまくまとまった作品だと思いました。動画連載の第1回で杉本さんとお話ししましたが、私はやっぱり『竜とそばかすの姫』は、ポスト『君の名は。』のアニメーション映画だなと。これもいろんな方が指摘していると思いますが、『君の名は。』以降、新海誠監督がRADWIMPSと組んで映像と音楽というコラボレーションをやったように、今回は細田監督がmillennium paradeと組んで、新海監督のミュージックフリップ的な演出やモチーフを使って作った作品ですし。吉浦康裕監督の新作『アイの歌声を聴かせて』もその意味では共通している部分がありますよね。

『竜とそばかすの姫』(c)2021 スタジオ地図

杉本:僕も3DCGを全面的に使ったりしているあたり、細田監督が新しいことをやろうとしているんだろうなと感じました。

藤津:CGはかなり秀逸にできていましたよね。特に最後、ヒロインが3DCG空間にCGキャラクターとして現れたけれど、CG感がトゥーマッチになると台無しなので、ちゃんと手描き感のあるタッチだったのが新鮮でしたね。実は、まとまりそうにない要素を全部入れている作品でもあって。テーマ性、エンタメ性、ビジュアル性、それから国際性にも目配せしながら、「親に愛されなかったかもしれない子ども」という繰り返し細田さんが描いているテーマまで据えて、お客さんが楽しかったと言って劇場を後にするというのはすごいことだと思いますよ。

杉本:細田監督は、監督だけじゃなくて脚本を書かれるようになってから国内では評価が割れていましたが、それだけのたくさんの要素を詰め込んで破綻させない脚本を書けるようになったと。

藤津:ただこれまでも脚本家がクレジットされているけれど、どのくらい細田監督のアイデアが残っていたかというとわからない部分もあるとは思います。

杉本:なるほど。あと、細田監督が重視したと思われる要素として、「国際性」があったと思います。これはこれからの日本アニメの大事なポイントなのかなと思います。2020年には、日本アニメの売上比率で、海外が日本国内を上回りましたが、これによって何か日本のアニメは変わるのか、もしくは変わらないのか、変えるべきなのかということも話したいです。

藤津:単純にクリエイティブの面ではそこまで影響を受けないと思います。例えば、意外に知られていないんですが、獣人が出てくるタイプのアニメは北米で人気があるから作られているところがあるんです。そういう海外の需要の大きさ、北米での配信の引き合いでつくられたりといったことは、これまでもずっとあります。

杉本:例えば、黒人のアニメファンが日本のアニメを楽しんでいる一方で黒人のキャラクターが出ないことにわだかまりを感じている部分もあると思うんですよね。今後はそういった海外の声にも耳を傾けていく必要があるのではないかと。例えば、『YASUKE』のコラボグッズのデザインをしたジョーダン・ベントレーさんとかはそういうことを言ってます。※1

藤津:耳を傾けるというよりは、例えばジャンルがSFで人種が均等に混ざっている世界観を描くとなったら、いろんな人種を描いていくのが普通になってくると思っています。1979年には、『機動戦士ガンダム』のリュウ・ホセイというキャラクターをアフリカ系に設定しようと富野由悠季監督が言ったら、局に拒否されたというエピソードもあるわけですが、今はそういう時代ではないですよね。あくまでその世界を「自然に」表現しようとしたとき、その「自然」というのは現代社会のルールやあり方に基づいている、というのが創作のあるべき姿だと思います。そういう風に現実に呼応して、アニメで描かれる社会風俗にも変化が出てくる。例えば、今のキャラクターは別にタバコを吸わない。それはタバコが健康に良くないという意見を取り入れてそうなっているわけではなく、世の中にタバコを吸う人が減ったわけですよね。そうすると、逆にタバコを吸わせるにはよっぽどの理由がないとーー例えば、ルパンみたいに50年前から吸っているキャラクターじゃないとタバコを吸っている必然性がない、という風に見えてしまう。ということだと思うんですよね。だから声を取り入れるべき、入れないべきはあまり関係なくて、「社会を自然に反映しているかどうか」が1つのポイントなんだと思います。

杉本:個人的には、例えば東京都内を歩いていて外国人を見ない日はないわけです。そういう国内の社会の変化をアニメに限らずテレビドラマ・映画にしてももう少し取り入れた方が面白くなると思うんですよね。

藤津:それは分かります。

杉本:例えば、異世界転生ものの転生先のキャラクターが黒人でもいいわけですし、作品としてもより広がりが生まれるだろうから、いろいろ挑戦してみてほしいですね。

藤津:そうですね。例えばアメリカの『ビッグ・マウス』というNetflixアニメシリーズでは非黒人と黒人の親から生まれた女の子がいるんですが、シーズンの途中で父方の黒人のいとこに会って「あなたは黒人のアイデンティティを持っていない」と言われて、「nigger」と発言することを求められるというシーンが出てくる。しかも、その背景には黒人の方が黒人のキャラの声を当てていないというのを指摘されて、キャストが変わったということもあるんです。そういう意味ではすごくタフなアイデアですよね。日本では、実写との兼ね合いがあって、そのキャラクターを近くに感じてほしいという方向に変わってきた。現実に寄ると、それだけ親しみやすさみたいなことは描きにくくもなる。今後、それをどういう形で乗り越えるかというのは一つ、注目すべきポイントだと思います。

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