『恋せぬふたり』は新たな“家族”の形を切り拓くか 年越し蕎麦の違いに込められていたもの

 話題のよるドラ『恋せぬふたり』(NHK総合)もいよいよあと2回の放送を残すのみとなった(全8回)。「アロマンティック・アセクシャル」(以下「アロマアセク」)という性質をもつ高橋羽(高橋一生)と兒玉咲子(岸井ゆきの)が「家族(仮)」になろうとはじめた同居生活は、アロマアセクのことを知らない人たちをも巻き込んでいく。

 「アロマンティック」は他者に恋愛感情を抱かない人のことで、「アセクシャル」は他者に性的欲求を抱かない人のことを言う。羽も咲子も主として異性と関わると相手から恋愛や性愛を期待され、その期待に沿えないため他者と距離をとらざるを得ない。いわゆる結婚適齢期になると結婚しないのか気にされるようにもなって神経をすり減らす日々。たいていの人は恋愛感情も性的欲求もないことが理解できず、おかげで家族とも友人とも仕事場の同僚とも関係性がぎくしゃくしてしまう。

 羽も咲子もこのまま一生、他者と距離をとり孤独に生きていくしかないのか。恋愛感情や性的欲求がないと「家族」をつくることはできないのか。羽と出会った咲子は「家族」にならないかと持ちかける。ちょうど羽が唯一の家族・祖母を亡くしたばかりで広い家にひとり暮らしをしていたため、住む家を探していた咲子にとっては願ってもない幸運であった。そもそも咲子は、アロマアセクの概念を羽に会うまで知らず、彼と出会ったことで自分と他者の違いの原因を知って不安を解消できたのである。同じ仲間が集まったことでふたりにはできることが増えていく。

 咲子が転がり込んだ羽の住む家は世間(マジョリティ)から羽と咲子をやさしく隠すシェルターのようだ。歪みのあるレトロガラスの窓をはじめとした建具や家具、植物も料理も家に差し込む陽光も夜に灯るライトもなにもかもがやさしくおだやかで心安らぐ。その神聖なる場所にどんどん他者がやって来る。じつのところ羽にとっては咲子も当初はそのひとりだった。同じアロマアセクといってもすべてが同じではない。羽にとっては異物である。いきなり「家族」になろうと家に住む込み、羽の整然とした暮らしに侵食してくる。彼女とはなんとか折り合いをつけることができたかと思ったら今度は咲子の元カレ・カズこと松岡一(濱正悟)が参入してくる。恋愛感情も性的欲求もあるカズは最初、デリカシーのない闖入者という雰囲気だったがアロマアセクを彼なりに理解し寄り添うようになっていく。

 その次にやって来たのは、咲子の妹・石川みのり(北香那)。夫の浮気に悩み高橋家にやって来て咲子に相談を持ちかける。みのりは恋愛感情も性的欲求もない咲子には妊娠や夫の浮気の苦労がなくていいなどと言い出す。

 ひっそりしていた高橋家がにわかにがやがやと騒がしくなる。もちろんアロマアセクにも感情の起伏はあるだろう。ただカズやみのりのような恋愛や性愛にまつわることで心がかき乱されることはない。思えば、日常、感情的になる原因は恋愛や性愛にまつわることが少なくない。いや、それがドラマや映画の題材にしやすいというほうが適切だろうか。相手との関係を確実なものにしたくて、それを脅かす出来事に心を揺らしときに傷つけ合う。恋愛感情も性的欲求もなければ、相手を束縛してトラブルになることはないかもしれない。とはいえ、アロマアクセだって家族や友人、仲間への強い思慕などはあるだろうし、自分の生活や信念を脅かすものには感情的になるだろう。

 ドラマや映画の題材になりやすいからか、人間の生活に恋愛や性愛の占める割合が大きいように認識しがちだが、そんなことはきっとなくて、感情が動くスイッチは人それぞれなのだ。

 最初の頃のカズや、みのりやその夫の振る舞いはものすごくデリカシーがない野蛮な人たちに見える。おそらく主人公たちにとって、恋愛や性愛がからむ出来事は理解できない蛮行のように映るのかもしれない。主人公のふたりとは違う視聴者はカズにシンパシーを抱くことも多くの視聴者がカズのような非当事者だからだろう。

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