『ナイル殺人事件』ポアロの若い時期の描写の意味とは? 原作とは異なる改変部分を“推理”

 『ベルファスト』でアカデミー賞の主要賞にノミネートされている、話題のケネス・ブラナー監督。彼が主演し、監督している新たな『名探偵ポアロ』シリーズ映画化第2弾は、エジプトでの連続殺人の謎を追う人気作『ナイル殺人事件』である。北米では公開初週の興行収入ランキング1位の好評を受け、第3弾の製作がすでに予定されているという。

 第1弾『オリエント急行殺人事件』(2017年)に続いて、もちろん今回も、原作者アガサ・クリスティーの犯罪トリックが、過去の同名映画化作品(1978年版)に迫る豪華キャストで描かれる。

 ガル・ガドット、アーミー・ハマー、アネット・ベニング、レティーシャ・ライトなどのハリウッド俳優、さらにジェニファー・ソーンダース、ドーン・フレンチ、ソフィー・オコネドー、ラッセル・ブランド、ローズ・レスリーなどのイギリス人俳優、そしてインドの俳優アリ・ファザルが、主要な登場人物として活躍している。なかでも、Netflixのオリジナルドラマ『セックス・エデュケーション』の出演俳優で、今回大抜擢となった、フランス出身の俳優エマ・マッキーによる愛の復讐に燃える役柄は印象深い。

 好意的な反応が多い本作だが、ちょっと待ってほしい。原作とは異なる改変部分については、疑問を感じている観客が少なくないようなのだ。ここでは、作品の内容を振り返るとともに、なぜそのような新たな設定を用意したのかという理由を、名探偵ポアロに敬意を表して、“推理”していきたいと思う。

 1978年版の映画作品で驚かされるところといえば、ベティ・デイビスやジェーン・バーキン、ミア・ ファロー、オリヴィア・ハッセーら豪華キャストを出演させながら、本物のエジプトで大規模なロケ撮影を約2カ月もの間、敢行したという点だろう。本作は、当初同じようにエジプトでのロケを予定していたというが、様々な制約によって、その試みは現在の状況では困難だと判断し、イギリスのスタジオでの撮影に切り替えたという。

 では、豪華俳優たちが集ったイギリスのスタジオで、どうやって1930年代のナイル川クルーズを表現したのか。それは、CGアニメーションと大規模セットの組み合わせである。実物大のクルーズ船や、エジプトの史跡などを模した大型のセットが、スタジオ狭しと建造されたのだ。前作『オリエント急行殺人事件』では、スペクタクルシーン以外は、できるだけCGを使用せず、撮影中に背景のスクリーンに映像を投影する「スクリーン・プロセス」という、古典的な合成技術が使用された。しかし今回は、開き直ったかのようにCG映像を全面的に駆使し、ある意味で「CGアニメーション作品」といえるような一作になったといえよう。

 大作映画に使用される70mmフィルムで、その世界観が表現されているため、セットのつくりも、CGアニメーションも高精細なものとなっている。CGの利点は、天候や地形など現実のコンディションにかかわらず、計算された構図や演出のコントロールが容易になるという点であり、観客には、クリエイターの意思がそのまま反映された、視認性の高い映像を提供できるという利点がある。

 その一方で、わざとらしい印象の映像になりやすいという弱点もあるはずだ。そして、作り手すら予期しない、ロケ撮影ならではの意外な魅力を楽しむことも難しいのだ。例えば1978年版では、クルーズ船の夜のシーンにおいて、生々しいまでの不気味な闇が出演者たちを包み込み、観ている自分もそこにいるかのような迫真性が伝わってきた。このように、現地で俳優とともに撮影しているからこそ生み出される魅力やリアリティが、本作に欠けているのは確かだろう。

 CGの使用以前に、実写の撮影においてもケレン味溢れる分かりやすい絵作りで対象を映し出していく本作は、その意味でも1978年版のアプローチと根本的に異なるものとなっている。とはいえ、アニメーション作品のように分かりやすく強調された映像で綴っていく本作が、リアリティが減じる部分がありながら、現代の観客にとって、より楽しみやすいものになっていることも事実ではないだろうか。

 現代的な表現といえば、もともと原作では白人ばかりだった主要登場人物の何人かの設定が変更され、アフリカ系の俳優や、インド出身の俳優が演じているのが印象的だ。さらに、同性愛者を登場させる改変も行っている。なぜ製作側は、1930年代を舞台とした、アガサ・クリスティーのミステリー作品で、このような試みをしたのだろうか。

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