コーエン作品とシェイクスピア作品の意外な親和性 『マクベス』に漂う“本格派”の風格

 しかし、ここにきてジョエル・コーエン監督が、このような直球といえる芸術映画を撮りあげることに熱意を見せたというのは、ある意味で自然なことなのかもしれない。それは、例えば同じように本格派から距離を置いたスタイルをとっていたクエンティン・タランティーノ監督が、『パルプ・フィクション』(1994年)や『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007年)に代表される“フィルム的なアート作品”といえるスタイルから、『イングロリアス・バスターズ』(2009年)以降、より本格的な“アートフィルム”を志向する作風へと、微妙に作風を変えていったことからも類推できる。

 『ミラーズ・クロッシング』(1990年)、『バートン・フィンク』(1991年)や『ファーゴ』(1996年)、『ノーカントリー』(2007年)、『トゥルー・グリット』(2010年)などの傑出した作品によって、芸術性を十二分に発揮しながら、その最終的な着地を、たぐいまれなセンスによって、どこか微妙に逸らしてきた感もあるコーエン監督。その姿勢は、「巨匠」とはいいながら、その呼称にそぐわない“軽さ”を持っていたことは確かだろう。

 だが今回の『マクベス』は、自らの作家性を駆使しながらも、芸術性を正面から判断される重圧を引き受けた、紛れもない「巨匠」としての仕事になったのではないだろうか。そしてそんな芸術への情熱をダイレクトに受け止めたのが、現在の多くの娯楽、創作物の原点となっているシェイクスピア作品だったという事実は、象徴的だといえよう。

 とはいえ、今回のように極度に画面の情報を制限し、スタイルを重視した作風は、ともすれば寂しく退屈な印象を与えがちである。そこに、演技力はもとより、王者マクベスを演じる風格十分のデンゼル・ワシントンや、『ファーゴ』の主演俳優であり監督のパートナーでもあるフランシス・マクドーマンド、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身のベテラン俳優ブレンダン・グリーソンなど、優れた俳優の存在があることで、このような試みが成立し得ていることも忘れてはならない。

 なかでも最もインパクトがあったのは、3人の魔女を1人で演じた、イギリスの俳優キャサリン・ハンターだ。演出家としても、「フィジカル・パフォーマー」としても知られる彼女の、人間の動きには見えないような奇妙な身体の動きの連続は、本作の大きな見どころとなっている。その圧倒的なパフォーマンスが本作の雰囲気を支配していることで、“「運命」から人は逃れられない”という、作品が本来持っている呪術的な悲劇性が、より強固なものになったといえよう。

■配信情報
『マクベス』
Apple TV+にて配信中
出演:デンゼル・ワシントン、フランシス・マクドーマンド、キャスリン・ハンターほか
原作:ウィリアム・シェイクスピア
監督:ジョエル・コーエン
⾳楽:カーター・バーウェル
撮影監督:ブリュノ・デルボネル
編集:ジョエル・コーエン
美術:ステファン・デシャント
2021年/105分
画像提供:Apple TV+

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