『地獄が呼んでいる』は現代社会の映し鏡? ヤン・イクチュンら実力派俳優の競演も必見

 『イカゲーム』が韓国作品として初めて米ゴッサム・インディペンデント映画賞にて「Breakthrough Series – Long Format(over 40minutes)」部門で受賞を果たした。ハリウッドも注目する同作に続けとばかりに、今、Netflix「今日の総合TOP10」に食い込み続けるのが『地獄が呼んでいる』だ。

 今作を手がけたのは『新感染 ファイナル・エクスプレス』『新感染半島 ファイナル・ステージ』で知られ、異世界をリアルワールドに持ち込むことに長けた監督ヨン・サンホ。今回もまた現在の社会の恐怖とは何か? そして我々人間の罪とは何か? など様々な示唆に富みながら、その異世界にどっぷりと浸らせてくれる。そして、演じるキャスト陣も、異世界に生きる人々にリアルな質感をもたらす実力派ばかりが顔を揃えている。

不条理や不公平を“腑に落としてくれた者”勝ちの社会

 この世のものではない存在(今作では“天使”と呼ばれている)がある日突然出現し、死亡時刻を“告知”、その預言のとおりに“地獄の使者”が人間を地獄の業火で焼き尽くすーー。やがて、このある種の超常現象を“神の意志”とする新興宗教が台頭し、神によって罪人が裁かれているのだと説き始める。その教団が圧倒的な支持を集めるようになると、彼らを批判し対抗する謎の組織も現れていく。

 ある世代以上ならば、かつてのオウム真理教がTVに引っ張りだことなり、選挙にまで出馬したことを覚えているだろう。だが、その実態は周知の通り。今作『地獄が呼んでいる』で描かれる混沌の世界から、90年代初めの日本のあの異様さがまず蘇った方も少なくないはずだ。教義を正当化するために暴力性を帯びていくところは、まさにそっくりだ。

 『地獄が呼んでいる』での新興宗教団体「新真理会」では、地獄の使者が罪人に天罰を下す=“試演”を10年以上前から訴えてきたチョン・ジンス議長が若き教祖となる。彼は、人が罪を犯すのはその人が選択したゆえの結果であり、懺悔や償いを忘れたからだと説き、終末世界を生き抜くために“正義感を持て”“悪行を放置するな”と語りかける。孔子の教えである「罪を憎んで人を憎まず」どころか、罪よりもむしろ人を憎むように暗に仕向けているかのようだ。

 『イカゲーム』でも描かれていたように、韓国エンタメでは悪事を働き、私腹を肥やす本来裁かれるべき人が裁かれない、本当に助けを求めている人へ善意が届けられないといった社会の不条理や不公平さがよくテーマにされる。でも、罪深き人は神によって裁かれる=地獄に堕ちる、という不満や不安を抱える多くの人々が腑に落ちるような理由付けをしてくれたのが、今作ではジンスであり、「新真理会」だった。

 ジンスを演じるユ・アインが、登場した瞬間から、この異質な世界でも冷静で達観した(むしろ諦観か)眼差しを貫く教祖として抜群の説得力を持たせていることも大きい。『バーニング 劇場版』や『#生きている』『ベテラン』などで知られるユ・アインは異世界だろうが何だろうが、どんな作品にも溶け込めるユニークさとカリスマ性を持っている。最新主演映画『声もなく』では闇社会の底辺に暮らす口のきけない青年を演じており、クリスチャンである相棒(ユ・ジェミョン)に信仰について諭されるシーンもあるが、体重を15キロ増量したこともあって今作の教祖ととても同一人物には見えない。

SNSによる国民総監視・総審判社会のよう

 ジンスや「新真理会」が扇情するヘイトは、告知を受けたシングルマザー、パク・ジョンジャ(キム・シンロク)の試演によっていっそう加速する。第1話の冒頭、カフェでジンスの動画を「インチキだ」と小馬鹿にして見ていた学生が、いつのまにかパク・ジョンジャを断罪するデモの先頭に立っていたように、「新真理会」の考え方は若者を中心に支持を集めていく。

 先鋒となるのは、“矢じり”と呼ばれる急進的な一部の信者たちだ。ショッキングピンクのカツラ姿でどぎついメイクを施す“矢じり”系YouTuberイ・ドンウク(キム・ドユン)も現れ、神の裁きとしてヘイトや暴力をさらに煽る。

 「市民の皆さん、積極的に対応することを要請します」。当のジンスは具体的に何をしろとは決して言わない。だが、試演を目の当たりにした者の恐怖は信仰をより強固にさせる。彼が説く“新しい世界”では、罪人を捜し合うかのように誰もが監視者で、審判者で、制裁者となる。矢じりたちによる容赦のない集団私刑は、SNS上での一斉攻撃にもよく似ている。

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