『ポゼッションズ 血と砂の花嫁』が描く、家父長的な社会における女性の「所有」の問題
次第に呪術性を帯びる物語は、奇怪なミステリーが蓄積されていきながら、現実と信仰の境界線を少しずつ曖昧にしていく。古くからのユダヤ教の伝承や迷信を超自然的なアプローチでスピリチュアルな見方のままに描いているため、混沌とした不可解な出来事が連続して展開されるのだ。しかし、事件の解明や登場人物の心理の探究よりも、それらの観念が重視された奇妙な不条理劇は、観る者をしばしば困惑させる。この辺りは評価が分かれるところだろう。
そして、『ポゼッションズ』と題名が複数形であることも示唆的である。自分が何者なのかさえ自覚できないナタリーはディブクだけでなく、家族の信念に憑かれている。ロサをはじめ、昏睡状態の息子を世話する彼女の友人ルイザ(アリアンヌ・アスカリッド)ら古い世代は過激な宗教観から迷信や儀式に憑かれている。三大一神教──ユダヤ教、キリスト教、イスラム教──が交差し、対立と紛争に長年苛まれたこの舞台となる地は、土地の歴史ないしは血に憑かれた国だとも言えるだろう。
あるいは、カリムのナタリーへの執着は、彼女に取り憑きたいという願望のようなものだとも見て取れる──「ポゼッション」には、「所有」の意味もある。良心的に見えるカリムだが、彼の内心には、困っているナタリーを救い出すことで彼女の英雄になれるというカメリアコンプレックス(不幸な女性を見るとつい救ってしまいたくなる男性の心理)が秘められているかもしれない(彼は事務職の公務員であるにもかかわらず、ナタリーに魅了された結果、探偵のような活動を始める)。「所有」という意味では、例えば、夫エランは妻ナタリーの浮気を一方的に疑ってDVを働いた疑惑があり、その兄シャイは弟の死はナタリーと結婚したことへの報いではないかと考え、「彼女は彼のモノではなかったのかもしれない」と主張する。エスティの同僚の男性刑事はナタリーの虐待の可能性を「被害者ぶってるだけかも」と無頓着に軽視、あるいは疑問を投げかけては白か黒かで判断しようとする姿勢が見受けられる。男性たちは、ナタリーに対して独占欲を滲ませるか、理想とする女性像を投影しているようである。
その中でエスティやナタリーの姉たちだけは、女性をオブジェクト化する社会に冷静な知性と配慮で抵抗しようとするだろう(このように女性警官だけが被害者の可能性がある者への共感を見失わずに職務を遂行するあり方は、Netflixのリミテッドシリーズ『アンビリーバブル たった1つの真実』と多少通じるものがある)。
また、本作はアメリカなど一部地域ではHBO Maxがストリーミング配信を担っているが、ヒロインが一夜にして殺人容疑者になるという導入は、HBO Maxオリジナルドラマ『フライト・アテンダント』も彷彿とさせる。『フライト・アテンダント』は、アルコール依存症を抱えた客室乗務員の女性がホテルで目を覚ますと、一夜を共にした男性がベッドの横で喉を切られて死んでいるというところから始まるが、ここでは深酒のために彼女は短期的に記憶を喪失している設定がミステリーに絡められていた。ある種、どちらも理性よりも欲望を優先させるような「貞淑」ではない女性が、嫌疑をかけられる点で共通していると言えるかもしれない。
母ロサは、ナタリーに対して、何度も「お腹の中に戻してあげたい」と告げる──あたかも童話『赤ずきん』の狼かのように。彼女は、男の世界から娘を頑なに守りたいと望むのかもしれない。しかし、一方でそれもまた宗教的な自己陶酔の母から娘への支配欲の表れである。母の固執する信念が娘を特定の行動や態度に操るために使われているのであり、そのような支配と服従のイデオロギーが宗教的な生活構造にあるのだ。このように様々なレベルで『ポゼッションズ』は、家父長的な社会の中での女性の心理的あるいは身体的な所有の問題を描くのである。
■配信・放送情報
『ポゼッションズ 血と砂の花嫁』
Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて、字幕版全話独占配信中
※第1話無料配信中: 11月3日(水・祝)6:00まで
監督:トマ・ヴァンサン
脚本:シャハール・マーゲン、ヴァレリー・ゼナッティ
出演:ナディア・テレスキウィッツ、レダ・カテブ、チェッキー・カリョほか
(c)2020 / HAUT ET COURT TV / CANAL+ / QUIDDITY
公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/possessions/
配信ページ:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B09DRWPJLV