松坂桃李が観客に与える強烈な驚き 『孤狼の血』と『空白』のギャップを読む
またも松坂桃李にしてやられている。8月20日に封切られた『孤狼の血 LEVEL2』にて荒くれ者たちを力強く率いていたかと思えば、その1月後に封切られた『空白』では観ているこちらの胃が痛くてたまらない弱々しい姿を見せている。松坂といえば「なんでもござれ!」な俳優だとは思っていたが、あまりにも異なるキャラクターをこうも短期間に見せつけられると、強烈な驚きから整理がつかないというものである。
最新作『空白』で松坂が演じるのは、とあるスーパーの店長・青柳。彼は、万引き未遂事件を起こして逃走した女子中学生(伊東蒼)を追いかけ、思いがけず交通事故死させてしまう。いくら万引き被害に遭った店側の取るべき対応とはいえ、結果的に少女を死に至らしめてしまい、青柳はその事実に苛まれている。そんな彼の日常に、少女の父親(古田新太)が娘の潔白を証明するためにつきまとってくることになるのだ。
被害者の父がモンスター化することによって、青柳は身も心もボロボロになっていくのだが、そもそも彼の初登場時からの空虚な佇まいが非常に印象に残る。演じる松坂の瞳には光が感じられず、声には覇気がなく、軽く押しただけでもバタッと倒れてしまいそうだ。そんな彼が憔悴しきっていくのだから見ていられない。というのも、彼は不意の親の死によって、仕方なくこのスーパーを継いだに存在にすぎない。日々を謳歌しているわけではない。そんなところへ、恐ろしい男の登場である。青柳の元には連日マスコミが押しかけ、周囲からはいわれのない誹謗中傷を浴びせられる始末。ここにこう記しているだけでも辛くなってくる。
松坂はこの青柳の変わりゆく姿を、絶えず泳ぐ視線や、セリフを言い淀むことによって示しているように思うが、これらは決して小手先のテクニックに頼ったものではないはずだ。もちろん、視線をコントロールするのには技術がいるはずだし、言葉に詰まるさまは、その塩梅を誤ってしまえば途端に嘘くさいものになってしまうだろう。嘘くささとはつまり、この青柳という人物が、本当に苦しんでいるように見えないということである。しかし松坂の場合は、観客が視認するよりも先に、心情が揺れているのが分かる。外面的な“動き”が、あくまでも内面の“揺れ”の結果でしかないことが分かる。父親役の古田に対して松坂は、“受けの演技”に徹している。これは、容赦なく責め立てる古田の演技があってこそのものだが、それを的確に松坂が受け止めるからこそ、私たち観客も青柳とともに恐怖し、結果として青柳の例の反応を目にすることになるのだ。覇気のない青柳は、いつしか生気すら失っていく。