『アーヤと魔女』はスタジオジブリ作品としてどうだった? 宮崎駿による評価の意味を考察

 宮崎吾朗監督が初めてアニメーションの演出を経験した、映画『ゲド戦記』(2006年)は、多方面から批判を浴び、原作者にも酷評された辛い作品だった。その試写を観た宮崎駿監督が「気持ちで映画を作っちゃいけない……」と吐き捨て、不機嫌そうに煙草をくゆらしていた取材映像を覚えている人も多いだろう。だが、そんな宮崎駿監督が、吾朗監督の新作『アーヤと魔女』を気持ち良く褒めたのだという。この報は、驚きを持って業界内外を駆け巡った。

 その発言内容は、「思いのほか健闘して、結構面白くなったと思います」「CGの使い方も上手だったと思います。大したもんですよ」と、辛口の宮崎駿監督とは思えぬ評価ぶりなのだ。果たして本当なのか。『アーヤと魔女』は素晴らしい作品だったのだろうか。ここでは、本作を正面から批評することで、宮崎駿監督による評価の意味を考えていきたい。

 原作は、『ハウルの動く城』の原作者でもある、イギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズの児童文学。施設で育った女の子アーヤが、意地悪な魔女と不気味なノッポの男に引き取られ、下働きをさせられるという物語だ。特徴的なのは、主人公であるアーヤが、周囲の人々の心を操って意のままに動かしたがる、一種の“コントロールフリーク”であること。その抜け目のなさは、素直な性格を持ったジブリ作品の主人公の中では異色といえる。

 宮崎駿監督が「元の物語が持っているエネルギーを、ちゃんと伝えてると思う」と述べている通り、本作はそんな原作の物語をかなりのところまで忠実になぞっているといえる。アーヤの特異な性格や、大人を手玉に取るなど、子どもが大人をやり込める楽しさを、抑制することなく描いた本作のアプローチは正しいといえよう。もともと本作が企画されたのは、宮崎駿監督が書店で原作を見つけたからだというが、そのときに感じただろう物語への印象が映画にも反映されていたことが、評価の一端に繋がっているといえよう。

 原作のボリュームが、ちょうど子ども向け映画のサイズに収まっていたことも、良い方向に作用したように思える。『ゲド戦記』原作は、映画一作には到底収まるサイズではなかったため、結果として原作の要素を利用し、そこに宮崎駿の絵物語『シュナの旅』の要素を付け足したオリジナルストーリーとなった。原作者のアーシュラ・K・ル・グウィンは、「原作と映画は違ってもいい」という持論を持ちながらも、この映画の内容を「支離滅裂」と表現し、酷評するに至った。そもそもル・グウィンは宮崎駿監督の作品が好きで映画化を快諾したが、その息子が監督を務めると聞いて難色を示していたのだという。それを説得しての映画化だっただけに、宮崎吾朗初監督作は苦く渋い後味を残すことになったのだ。

 ル・グウィンが考えるように、原作と映画は異なる内容になって、もちろん構わないはずだ。しかし、名作小説を新しいものに作り変えるのであれば、その役割を担うには、物語づくりの才能に秀でている必要がある。そう考えると、『ゲド戦記』でのアプローチは蛮勇であったと思える。本作は、そこで勝負をしていないことで、素直に原作の物語を楽しめるものになったといえる。

 一方、演出面はどうだったのか。これまで、スタジオジブリで映画作品を若手が監督するとき、「先にTVアニメシリーズを手がけて経験を積むべき」という声は少なくなかった。その指摘に応えるように、宮崎吾朗監督は、宮崎駿監督の製作上のサポートを受けた映画『コクリコ坂から』(2011年)の後、アストリッド・リンドグレーンの原作を基に、父親の助けなくTVアニメーション『山賊の娘ローニャ』を監督することになったのだ。そこにはやはり、鈴木敏夫プロデューサーによる、ポスト宮崎駿育成の目論見が含まれていたのではと類推することができる。

 とはいえ、『山賊の娘ローニャ』は、お世辞にも良いといえる出来ではなかった。監督にとって慣れない3DCGによる製作になったという事情は差し引いたとしても、例えば、片方のセリフが終わってから一拍置いて、もう片方がセリフを言うなど、非常にテンポの悪い会話シーンからは、宮崎吾朗監督に演技を見る基本的なセンスが抜け落ちているという部分を指摘せざるを得ない。

 しかし本作では、そういった傾向が時折顔を覗かせる部分はありながらも、比較的スムーズに演出されているように感じられる。宮崎駿監督が「いいスタッフを集めたみたい」と言っているように、本作には海外からのCGアニメーターが複数参加していて、「アニメーション演出」という役割を担当している海外スタッフもいる。演出のどの部分をどこまで担当しているかは明らかにされていないが、『山賊の娘ローニャ』と比較して、テンポや感情表現がかなり改善されたのは、この辺りにも理由があるのではないか。

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