人生を、もう一杯 『アナザーラウンド』マッツ・ミケルセンに酔いながら感じる生への賛美

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、少し前に初めて飲んだチャミスルでちょっとだけ記憶を失ったアナイスが『アナザーラウンド』をプッシュします。

『アナザーラウンド』

 今年開催された異例づくしの、そして最も退屈だった第93回アカデミー賞で唯一心に残ったのが、国際長編映画賞を受賞した『アナザーラウンド』の監督、トマス・ヴィンターベアのスピーチでした。「子供たちに酒を飲むことを教えていて、私の視点ではかなりご機嫌な映画になっています」と笑いを誘う監督。しかし、“人生を祝福する映画を作りたかった”と話す彼が次に話し始めた撮影背景は、にわかに信じがたい悲劇でした。撮影開始から4日後、高速道路での事故で彼の娘さんが亡くなってしまったというのです。携帯をながら見していた誰かによって命を奪われた、と。娘さんはマッツ・ミケルセン演じる主人公の娘役で映画にも出演予定でした。もともと彼女から聞かされたデンマークの若者の飲酒文化に着想を得た本作は、彼女の死をもってアルコールを祝福する映画から、より深い意味を持つ人生への肯定へと書き換えられました。

 映画はデンマークの郊外を舞台に、うだつの上がらない高校教師の4人組が冴えない日と自分を変えるために、ノルウェー人の哲学者が提唱した「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を証明しようとする物語。生徒にもなめられ、威厳のかけらもない生え際後退気味のおじさんたちが奮い立つわけですが、そのメンバーの中に明らか一人だけ色気がおかしい男が紛れ込んでいます。マッツ・ミケルセンです。もうこの映画のマッツが、すごいです。こんなマッツ初めて見たというくらい(個人的に)これまでの出演作の中で最も素敵だと感じました。いやらしい目で見て、本当にすみません。そうスクリーンに向かって深々と頭を下げながら、彼のフェロモンにあてられていく序盤。しかし物語に魅せられていくうちに劣情はすっかり削ぎ落とされ、代わりに彼の役者としての力強い体現力にひたすら心を打たれていくのです。

 この映画は、酒好きにはたまらなく楽しい作品でしょう。ベルギー人の血(つまりビール)が血管を流れる私自身も、大いに楽しみました。例えば昼過ぎ、4人組が家に集まってThe Metersの「Cissy Strut」に合わせて酒を浴びるほど飲みながら陽気に踊り散らかすシーンが凄く良いんです。観ているこっちも楽しくなる。この時、彼らは普段の血中アルコール度のルールを外し、一旦限界に挑むという試みを行なっているのですが、なぜ家でするかという理由を心理学担当のニコライ先生が「酒を飲み明かすつもりなら外だと負の要素があるから」と説明していて、あまりにも真理で膝を打ちました。しかし、結局そのあと皆でパブに繰り出してどんちゃん騒ぎをし、朝方にはすっかり酩酊状態でニコライは帰宅。この無鉄砲な様子に、思わずコロナ禍以前の生活を懐かしんでしまいます。

 音を立てないようこっそり寝室に向かおうと階段を死に物狂いで這って登ろうとするシーンには、どこか既視感を覚えながら笑ってしまう。個人的には『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で魅せてくれたレオナルド・ディカプリオの這いずりに匹敵するおかしさなのですが、ディカプリオといえば本作のハリウッドリメイク製作権を獲得し、自身が主演を務める可能性が高いとすでに報じられています。

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