『ウィッシュ・ドラゴン』から考える中国アニメーションの現在 世界の趨勢にも変化が?
しかし、上海の街並みに象徴されるように、中国が近年になって目覚ましい近代化を遂げると、潤沢な資金によって新たに中国のアニメーション製作が活発化し始める。とくに、アメリカをはじめとする世界の潮流に乗って、フル3DCGの作品が発表されていく流れは見逃せない。その代表例が、やはり孫悟空を主人公とした、『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(2015年)だった。
また、『ネクスト ロボ』(2018年)、『フェイフェイと月の冒険』(2020年)など、アメリカのスタジオとの共同製作でアニメーション映画を生み出すケースも増えてきている。アメリカのスタジオにしてみれば、それは膨大な人口と経済力を持った中国市場へのビジネスを本格化させていく上で、文化的にも接近しなければならないという意志の表れだといえよう。逆に中国のスタジオは、アメリカのアニメーション製作のノウハウを吸収できるチャンスとなる。アメリカのテイストで中国社会表現される、本作のような作品は、この共存共栄によって成立しているのだ。
中国のスタジオが吸収するノウハウは、CG技術だけにとどまらない。ディズニーやライカなど、複数のスタジオでコンセプトアートなどを担当してきたクリス・アペルハンス監督の演出や、洗練された画面のデザインは、今後、世界的な作品の製作で独り立ちしていくであろう中国のスタジオにとって、何よりも必要な技術に違いない。そして、中国社会の発展にともなう分断という、外部的な視点によるシリアスなテーマが描かれるという部分もまた、大きな刺激になるはずである。優れた知性と問題意識があることで、作品には個別の描写を超えた意義が生まれることになる。
そして、分断された双方の融和という結論に辿り着き、進歩から取り残された人々や古い文化の価値に光を当てる『ウィッシュ・ドラゴン』の、中国を舞台にするからこそのテーマもまた、共同製作から生まれたものに違いないのである。多様性や公平性を尊重し、拝金主義に陥らないことが重要だとする姿勢は、アメリカ社会が先に近代化を果たし、経済的に隆盛したからこそ、他人事ではない問題として語れる話でもある。
最近になって、中国のアニメーションスタジオが日本のスタジオに下請けをさせるケースも増えてきているという。中国のスタッフに作業をさせるよりも、日本で作らせた方が人件費が安いらしいのだ。これは、かつての日本と中国の立場が逆転してきている状態だといえよう。
そんな発展目覚ましい中国のアニメーション業界だが、まだまだ内容的には、かつての上海のアニメーション作品の洗練を取り戻すまでには至っていないように見える。しかし本作のように、優れたクリエイターと結びつくことによって、さらなる飛躍的な発展を遂げることは間違いない。そのとき、世界のアニメーションの趨勢がどのようになるのかは、非常に興味深いところだ。
一方、中東でも動きがある。アラブ圏で最大の経済力を誇るサウジアラビアでは、同国のマンガプロダクションズと、日本の東映アニメーションが、作品を共同制作しているのだ。両者によるアニメーション映画『ジャーニー』は、また異なるルートによる文化の発展を予感させるものだ。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■配信情報
『ウィッシュ・ドラゴン』
Netflixにて配信中
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