『ウィッシュ・ドラゴン』から考える中国アニメーションの現在 世界の趨勢にも変化が?

 『ピーターラビット』(2018年)や『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019年)を製作した、アメリカのソニー・ピクチャーズ アニメーションと、『ジュラシック・ワールド』(2015年)や『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)など、ハリウッド超大作のVFXを手がけてきた、中国のスタジオBase FXが共同製作し、Netflixで配信されたのが、アニメーション映画『ウィッシュ・ドラゴン』だ。本作は、今後のアニメーション映画の動向を占う意味でも、見逃せない一本となっている。

 数年前に中国旅行に行ったとき、本作の舞台になっている上海に立ち寄った。凄まじい勢いで経済発展を遂げている中国だが、上海の勢いは別格で、常に至る所でスクラップ&ビルドが繰り返され、すでに近代化を遂げている大都市は、さらなる発展を遂げている最中だった。

 『ウィッシュ・ドラゴン』の主人公となる男の子ディンと、その幼なじみの少女リナは、小学生の頃に、上海でもまだ開発に取り残されている貧困地区に育った、気持ちの通い合う親友同士。だが、リナは父親の事業が成功したことによって、ハイクラスのエリアへと引っ越してしまう。ディンは成長して大学生となるものの、いまだに家計には余裕がなく、上海名物・小籠包の小さな店を営む母親と賃貸住宅に住んでいる。一方のリナは、いまや大富豪の令嬢であるばかりか人気モデルとしても活躍していて、すでに近づき難い存在になってしまっている。しかし、ディンはまだリナのことが忘れられず、恋心を抱いているのだ。

 この二者は、ある意味で現代中国の象徴といえる存在だ。つまり、新しい中国と古い中国、富める中国人と貧しい中国人という構図である。凄まじい経済発展によって、たしかに中国は豊かになっているが、その恩恵を受けるのは時代の波にうまく乗れた人であり、新しいビジネスのかたちに順応できない人々は、古い世界でいままで通りに生き続けることになる。同じ街に住んでいても、両者の住む世界には大きな隔たりがあるのだ。

 本作では、この格差を一気に埋める奇跡が、ディンの前に現れる。それが、『アラジンと魔法のランプ』に似た、魔法の急須から登場する、願いを3つ叶えてくれる“ウィッシュ・ドラゴン”のロンである。ロンは天界からの言いつけによって、急須を手にした者の願いを聞くという役目を担わされていた。ディンは、ロンの力を借りて現代の“王子様風”にめかし込んで、大富豪の御曹司を装って、リナの誕生パーティーに潜り込もうとする。

 今回、クリス・アペルハンス監督が自ら書いた脚本の展開は、まさに『アラジン』としてディズニーが映画化した『アラジンと魔法のランプ』その現代版といえるが、もともとこの物語自体が中国を舞台としたものであることを考えると、『ウィッシュ・ドラゴン』が、中国に設定を移しているというのは、ある意味では正統なことだといえるかもしれない。

 上海といえば、触れずにおれないのが、アニメーションの歴史である。世界で初めて長編アニメーション作品が製作されたのは、ディズニーの『白雪姫』(1937年)だが、アジアで最も早く長編アニメーションが生み出されたのは、上海で製作された『西遊記 鉄扇公主の巻』(1941)だった。この映画は日本でもヒットし、日本で国策映画でもあった長編アニメーション『桃太郎 海の神兵』(1945年)を生み出す契機ともなった。日本の長編アニメーション映画は、中国、上海の影響を受けて始まったと言っても過言ではないのだ。

 上海ではその後も、『牧笛』(1963年)や『大暴れ孫悟空』(1961年)など、美術的価値の高いアニメーション映画が製作されたが、政治的な影響もあって、アニメーションにおけるアジアの代表的な座を日本へ明け渡すことになる。そして中国のスタジオは、日本などの作品の下請けを務めることが多くなっていった。

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