『おちょやん』が描いたすべての人を肯定する優しさ 何度も噛み締めたい千代の言葉
千代は家族に恵まれず、波乱万丈な人生を歩んできたが、「岡安」の一人娘として大事に育てられたみつえの人生も山あり谷ありだ。同い年の9歳で女中とお嬢様として出会った2人。子供の頃は「いとさん」と呼ぶように主張していたみつえだが、いつの間にか2人の間には友情が芽生えていた。
第4週で千代がテルヲの借金のカタに売り飛ばされそうになったとき、みつえは「あの子がこれまで、どんなしんどい思いをしてきたんか、うちらには一生わからへん。せやさかい、あの子追い出すような真似でけへん」とみつえは幼なじみの福助(井上拓哉)に打ち明けていた。その人の辛さ、しんどさはその人にしかわからないからこそ、どうすればその人の気持ちに寄り添えるのかを考える。優しさにもいろいろあるが、本当に辛いときに沁みるのが寄り添おうとしてくれるその気持ちだったりする。
みつえの子供の頃からの夢は母のシズ(篠原涼子)のように芝居茶屋「岡安」の女将になることだった。時代とともに芝居茶屋の客が減り、ライバルだった「福富」が喫茶もできる「福富楽器店」に鞍替えしてもその夢は変わらなかったが、シズも旦さん(名倉潤)も老舗料亭の跡取り息子に嫁に行くことを望んだ。「福富」の一人息子・福助と相思相愛になっているなんて誰も気づいていなかった。
犬猿の仲だったシズと菊(いしのようこ)の間で騒動はあったが千代が間を取り持ち、みつえと福助も駆け落ちを思い止まり、結婚して幸せな家庭を築いていたのに、戦争で赤紙が来て福助は帰らぬ人に……。義父も義母も空襲で亡くなり、住む家も焼けてしまったみつえが、どうにか自分を取り戻せたのは、千代や一平、家庭劇の芝居がきっかけだった。福助の形見のトランペットを息子の一福が吹けた瞬間、みつえは生きる力を取り戻すことができた。
千代が一平に裏切られたとき、舞台の後で疲れているはずなのに夜中に座布団を繕う千代にみつえは「どんだけほつれても、うちが繕うたるさかい」と手伝いを申し出た。千代が女優として成長していたように、みつえも働き者で気配り上手なうどん屋の女将になっていた。夢はかたちを変えるし、人も経験を積むことで変わる。
千代を奉公に出して居場所を奪った継母の栗子(宮澤エマ)も、実は女優・竹井千代の芝居によって救われてきた人だった。千代を勇気づける花籠を贈る存在になっていたことにも驚きと感動があったが、このエピソード1つとっても、登場人物それぞれの人生に寄り添う奥深い物語だったと改めて思う。こうして自分の力で人生を切り開き、たくさんの人と出会い、居場所を見つけてきた千代には家族のように愛すべき人たちがいる。
だが、一平と離縁した後に道頓堀に戻る決心ができたのは、家族となり正式に娘と呼べる春子(毎田暖乃)の存在があったからだ。そして『お家はんと直どん』の舞台でてる役を演じ切った千代がふと自分に戻ったのは、客席に「千代~」「姉やん」と呼びかける家族の姿を見たからだった。
幼い頃に亡くなった実母・サエ(三戸なつめ)と弟・ヨシヲ(倉悠貴)、父・テルヲには一度も芝居を観せることができなかった。「今まで見たことないような面白いもん見せたるわ。嫌なことも全部忘れさせたるさかい」というのがテルヲへの最後の言葉でもある。ラジオドラマ『お父さんはお人好し』の大成功で子だくさんのお母ちゃんを演じて“大阪のお母さん”と呼ばれるまでになったが、家族のような存在が大勢いることと本当の家族がいるのは違う。家族の存在、血のつながりについて、こんなにも考えさせられる朝ドラという意味でも『おちょやん』は特別な作品であるといえる。
出会いの喜びも別れも辛さも、ままならないのも人生。劇中劇も素晴らしく、強く優しく器の大きいヒロイン、登場人物に笑ったり、泣かされたりコロナ疲れも吹き飛ぶ半年だった。おおきに!
■池沢奈々見
恋愛ライター。コラムニスト。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』総集編
総合:6月19日(土)前編15:05〜16:35 後編:16:35〜18:00
BS4K:7月3日(土)前編14:00〜15:30 後編:15:30〜16:55
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/