『俺の家の話』に登場するプロレス要素を解説 “スーパー世阿弥マシン”の元ネタとは?

スーパー世阿弥マシンの元ネタとは?

 ブリザード寿が所属する「さんたまプロレス」は三多摩地域を中心としたローカル団体。現在、全国各地にこうした小規模なローカル団体が数多く存在する。さんたまプロレスの会長はレフェリーの堀コタツ(三宅弘城)。リング上でのキビキビとした動きが素晴らしい。プロレスのレフェリーはカウントや反則などをジャッジするだけでなく、試合の進行そのものを担うことが多い。レフェリーの動きも重要な試合のアクセントとなる。

 ブリザード寿の引退試合の後、堀コタツがプリティ原(井之脇海)を叱るが、背後のドアに貼られた「TIME HAS COME 時は来た」は橋本真也がかつて試合前に語った名ゼリフ。プリティ原がマイクパフォーマンスで語った「その道を行けばどうなるものか」はアントニオ猪木が引退試合で語った「道」という詩の一節。一休宗純の言葉として紹介されることがあるが、実際は住職・哲学者だった清沢哲夫の詩。ブリザード寿が控室で前髪を切るのは、藤波辰爾(当時・辰巳)の「飛龍革命」へのオマージュにも見える。

 第3話冒頭には寿一がスーパー多摩自マンの代役として出場したプリティ原との試合を振り返る場面がある。受け身を取り損ねて焦ったことを「一生の不覚」と悔やむが、プロレスにとって何よりも大事なのは受け身(入門直後も受け身の練習をしていた)。相手の攻撃を防ぐのではなく、攻撃をしっかり受けてから反撃に出るのがプロレスの魅力。寿一はそのような試合運びができなかったことを心から悔やんでいる。

 寿一が発案した覆面レスラー「スーパー世阿弥マシン」は、能を大成した世阿弥とスーパー・ストロング・マシンのマリアージュ。スーパー・ストロング・マシンはアントニオ猪木を苦しめたヒール、マシン軍団の一人。打ち合わせで寿一が盛り上がった「6.14蔵前国技館」とは1984年6月14日に行われたアントニオ猪木対ハルク・ホーガンの第2回「IWGP」決勝戦のこと。第1回の失神KO負けの雪辱を期した猪木だったが、突如乱入した長州力が猪木にリキラリアットをくらわし、ホーガンのアックスボンバーとも相打ちとなって不透明決着に。観客たちは激怒して騒乱状態になった。

 デビューしたスーパー世阿弥マシンは能面のオーバーマスクに世阿弥が遺した言葉が描かれたガウンを着用して入場する。「初心忘るべからず」は世阿弥の言葉。能面のオーバーマスクはWWEのASUKAが使用している。スーパー世阿弥マシンが相手の頭を足で挟んで投げ飛ばす技は「ティヘラ(スペイン語で鋏。あるいはヘッドシザーズホイップ)」。コーナーから繰り出すのはフライングボディアタック。大きく足を開いてL字にした指を左右に掲げるポーズは武藤敬司の「プロレスLOVE」ポーズをアレンジしたもの。一連の動きを長瀬智也が実際にやっているのは本当に驚きでしかない。実況の辻よしなりは『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日)で長きにわたって実況をつとめた人物。

 寿三郎が見守る試合の序盤でスーパー世阿弥マシンがリング中央から動かないのは、「リングの真ん中に立っているのは格上」というジャイアント馬場の教えを忠実に守っている(たぶん)。プリティ原をキックで止めた後に放つのは、相手の首にダメージを与えるスタナー。最後の必殺技・親不孝固めはリバース式のテキサスクローバーホールド(ゴリラクラッチ)から相手の脛にかじりつく技。脛をかじるのはもちろん反則だが、プロレスの場合はレフェリーが見ていなければセーフ。「あの形から脛をかじる=親不孝固め」を考案したのは長瀬智也本人らしい(木曽大介氏のnoteより)。長瀬智也、あらゆる意味ですごすぎる。

 今後もスーパー世阿弥マシンの活躍は見られそうだ。どんなプロレス要素が飛び出すのか、注目していきたい。

■大山くまお
ライター・編集。名言、映画、ドラマ、アニメ、音楽などについて取材・執筆を行う。近著に『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(共著)。文春オンラインにて名言記事を連載中。Twitter

■放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、井之脇海、道枝駿佑(なにわ男子/関西ジャニーズJr.)、羽村仁成(ジャニーズJr.)、荒川良々、三宅弘城、平岩紙、秋山竜次、桐谷健太、西田敏行
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀、山室大輔、福田亮介
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未、佐藤敦司
編成:松本友香、高市廉
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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