不倫ドラマの“お約束”に2020年の“今日性”を反映  『恋する母たち』が異彩を放つ理由

 いつの世も人は「やや異世界」で「ちょっと背徳」なものに惹かれるものだ。落ち着いたり盛り返したりをくりかえしながらも、不倫を扱ったエンターテインメント作品の需要が切れることは、おそらくないのだろう。1980年代に始まった「金妻ブーム」の頃から、もっと遡るなら1957年に発表された三島由紀夫の小説『美徳のよろめき』に端を発した「よろめきブーム」の昔から、そうした人間の「本能的願望」をくすぐる作品が何年かごとにヒットするのは、もはや自然の摂理と言ってもいいのではないだろうか。

 「不倫」「禁断の恋」をテーマにした作品の潜在的需要は常にある。そこでどういう切り口と仕掛けで消費者の目を引くかが、作り手の腕の見せ所であり、作品の持つ時事性であり、ヒットの要因ということになるのだろう。現在放送中の『恋する母たち』(TBS系)は、これまでの不倫ドラマの「お約束」をふんだんに取り入れつつも、2020年の「今日性」が反映されたドラマだ。

 まず第1話の冒頭5分で、ヒロイン・杏(木村佳乃)の夫・慎吾(渋川清彦)の横領と会社解雇と不倫が発覚し、女と駆け落ちの末に失踪したことが知らされる。さらにドラマ開始からわずか15分で、杏は慎吾と駆け落ちした由香(滝内公美)の夫である斉木(小泉孝太郎)とヤケクソで寝てしまう。このスピード感たるや。「人は怒ると、性欲が高まるみたいだ」という杏のモノローグが淡々と流れる。視聴者に考えさせる間を与えず、まずいきなり結論をぶつけてくる。SNS慣れした現代人の視聴スタイルに寄せた高速展開である。

 そしてこの「SNS世代向けドラマ」に挑んでいるのが、『ふたりっ子』(1996年/NHK総合)、『セカンドバージン』(2010年/NHK総合)、『大恋愛〜僕を忘れる君と』(2018年/TBS系)など数々のヒットドラマを書き上げたベテラン脚本家・大石静と、『池袋ウエストゲートパーク』(2000年/TBS系)や『木更津キャッツアイ』(2002年/TBS系)をはじめとする意欲作で宮藤官九郎を一躍人気脚本家に押し上げたプロデューサー・磯山晶のタッグだという点も面白い。

 名門私立高校に在籍しながら落ちこぼれや不登校という問題を抱える息子を持つ3人の母たちの間に友情が芽生える一方で、三者三様の「恋」が描かれる。第1話で、まり(仲里依紗)が杏に向かっていきなり問いかける「意外とみんな、してるのよね〜、不倫。あなたはしてるの?」という軽口に象徴されるように、このドラマを貫く全体のトーンは、あっけらかんとしている。そこには、『金曜日の妻たちへ』シリーズ(1983年〜/TBS系)で描かれた「水面下のエロティシズムが醸す叙情性」も、『失楽園』(1997年/日本テレビ系)の主幹であった「男女の情念と人間の業(ごう)を刻む文学性」も存在しない。めまぐるしくストーリーが展開し、毎話畳み掛けるように「イベント」が発生する。

 しかし、言ってみれば『金妻』の「水面下のエロティシズム」も、『失楽園』の「人間の業」も“エクスキューズ”ではないだろうか。言わずもがな、不倫・不禎行為は決して褒められた行為ではない。創作の世界に自分を投影して淡い憧れやときめきを抱く視聴者が多くいる一方で、それらの作品を「不潔だ」「不謹慎だ」と責め立てる向きもある。というかむしろ、不倫に対して「憧れ」と「非難」の相反するふたつの感情を抱く視聴者が大半なのではないか。だからこそ、不倫ドラマには何らかの“エクスキューズ”がなければ成立しない。そしてこの“エクスキューズ”こそが、その作品の持ち味であり、セールスポイントだといえる。

関連記事