二階堂ふみ演じる音を“持っている人”として描かなかった『エール』 モデル・古関金子との違いは?

「裕一さん、ごめんなさい。裕一さんとの約束、果たせなかった。大きな舞台で歌う歌手にはなれなかった」

 NHK連続テレビ小説『エール』第21週「夢のつづきに」で描かれたのは、音(二階堂ふみ)の夢への再挑戦。大劇場で上演されるオペラ『ラ・ボエーム』主役オーディションに合格した音は勇んで稽古に参加するものの、共演者との実力差を目の当たりにする。さらに主役に決まったのは有名作曲家である夫・裕一(窪田正孝)のネームバリューあってのことと知り、舞台を降板。すっかり気力を失ってしまう。

 ここでは古山音のモデル(モチーフ)となった古関金子(こせき・きんこ)との違いを振り返りながら、妻、母となった音がふたたび夢を追うことについて考えてみたい。

 『エール』で音が大舞台に立つ夢をあきらめたのは自らの実力不足を自覚したからだが、金子は声楽の世界で高く評価され、戦前から『アイーダ』『トスカ』といったオペラの舞台に立ち、戦後も夫・古関裕而が作曲した放送用オペラ3作に出演している。この放送用オペラの共演者に名を連ねているのが「長崎の鐘」を歌った昭和の国民的歌手・藤山一郎(劇中では山藤太郎)、李香蘭の名前で活躍した女優・山口淑子だ。また、金子は歌以外にも才能豊かで、詩や随筆を文芸紙に寄稿したり、描いた絵が展覧会で入選したり、さらには株のトレーダーとして証券業界でも名を轟かせるスーパーウーマンだった。

 では、音はどうか。

 音楽学校時代に華の妊娠がわかり、学内選考で勝ち取った『椿姫』の主役をやむなく降板。その後、作曲家として世に出る裕一とは反対に、音は幼い頃からの夢であるクラシック歌手の舞台から遠ざかっていく。そんな彼女が出産、育児、そして戦争を経て新たに挑戦したのがオペラ『ラ・ボエーム』のオーディション。音は見事合格し、主役のミミ役を手に入れる。

 ……と書いてはいるものの、15年程度のブランクがあり、その間ほぼ声楽のレッスンを受けてこなかった音が大劇場での主役に決まった時には違和感があった。いくら朝ドラのヒロインが“たまたま”幸運を手にすることが多いとはいえ、さすがにこれはプロの世界を甘く見過ぎではないかと。

 が、その違和感に対し、『エール』という作品は残酷ともいえる答えを提示した。音の合格は本人の実力ではなく、有名作曲家である夫の名前のおかげ。公演のスポンサーが裕一の妻としての音に価値を見出したのだと。そしてこのことを音にはっきり告げたのは、学生時代に『椿姫』の選考で彼女に敗れ、その後外国に渡ったかつてのライバル・夏目千鶴子(小南満佑子)だ。なんてシビアな現実だろう。

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