単純なハッピーエンドで終わらないのが火曜ドラマ 『わたナギ』で考え直す他者との境界線

 さらに、大切なイベントを翌日に控えた正念場の夜。遅くに帰宅すると勤務を終えたはずのナギサさんが、帰らずに家にいる。「大丈夫」という人の言葉が一番信用できないと、鬼気迫る表情でメイに夕飯を促すナギサさん。どうやらナギサさんの過去には、メイのようにして心が折れてしまった大事な人がいたようだ。だが、ナギサさんはメイにその内容を知らせてはいない。むしろ手帳を取り返すタイミングで、その機会を奪ったのはナギサさんでもある。

「ちゃんと食べて」「今はゆっくり食べている時間はないんだ」

「無理しないで」「今は無理してでも乗り越えるタイミングなんだ」

「早く寝たほうがいいよ」「明日の朝までに仕上げなくちゃいけないんだ」

 ナギサさんとメイの会話は、専業主婦と企業戦士な夫のそれと全く変わらない。このすれ違う「心配」と「頑張りたい気持ち」は、家事と仕事を男女どちらがメインに手がけても、同じことなのかもしれない。目を向けるのは、性別うんぬんではなく、親しき仲になったときこそ自分と他者の境界線を見極める慎重さ。

 距離が近く感じられるほど、理解してもらえると勘違いしてしまう。自分と相手は違う人間だとわかっていても「同じように感じてくれるはず」と、ついそんな幻想を抱いてしまうものだ。だが、その勘違いに気づくことができれば、薫(高橋メアリージュン)のように、日々落ち着いて軌道修正ができる。

 いい感じだと思っていた田所(瀬戸康史)の煮え切らなかった態度にも、メイが田所と隣に住んでいた事実を隠していたことにも……薫はそれぞれ個人の事情があったのだと尊重することで相手を攻めず、彼女自身の自尊心を傷つけることなく、新しい関係性を受け入れることができる。

 しかし、それが同じ屋根の下で生活を始めるとなかなか難しくなってしまうから、人間というのは厄介だ。メイとナギサさんは、明らかに家政夫と雇用主の契約内容を超えて行動しているのに、本人たちはそれに気づいていない。関係が変化しているのならば、より慎重に軌道修正が必要なのに。

 それどころか、メイは知らず知らずのうちにナギサさんに、頼めばなんでもやってくれる「都合のいい人」として扱い始めていることにも気づいていない。またナギサさんも、メイをかつて救えなかった大事な人のようにはしたくないと、その要望に応え続けてしまう。結果、そこに待っているのは「やりがい搾取」という名のモヤモヤとした不満の日々。

 だから、自分の好意や使命感を過信してしまいそうなときこそ、要注意なのだ。踏み込み過ぎてはいないか。押し付けてはいないか。立ち止まって関係性を見直すタイミングではないのか。もしかしたら、そんな近い存在となった人への尊重と配慮が、最も難しい家事なのかもしれない。

■放送情報
火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』
TBS系にて、毎週火曜22:00〜放送
出演:多部未華子、瀬戸康史、眞栄田郷敦、高橋メアリージュン、宮尾俊太郎、平山祐介、水澤紳吾、岡部大(ハナコ)、若月佑美、飯尾和樹(ずん)、夏子、富田靖子、草刈民代、趣里、大森南朋
原作:『家政夫のナギサさん』(四ツ原フリコ著/ソルマーレ編集部)
脚本:徳尾浩司
演出:坪井敏雄、山本剛義
プロデューサー:岩崎愛奈(TBSスパークル)
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
(c)四ツ原フリコ/ソルマーレ編集部

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