渡辺えりと小日向文世が輝きを与える 『私の恋人』で示した“何者にでもなれる”のんの現在と未来
のんの現在/未来を想像させる「何者なのか」
映像でも、一人の俳優が複数の役を演じることはある。しかし演劇では、観客が体感する時間の中で、彼らはキャラクターを転換していかなければならない。のんは快活な青年として笑顔を弾けさせたかと思えば、腰が90度に曲がった老父に扮し、かと思えば、ギターを抱えた歌姫として身体を揺らし、可憐な歌声で私たちを魅了した。
物語の冒頭で渡辺に「何者よあんたは」と問われたのんは、「何者なのか? まだ何も……」と答えている。数々の衣装とともに華麗なキャラクターの転換を見せた彼女自身、俳優であり、ミュージシャンであり、文章も書くことができるマルチな才能の持ち主だということは、広く知られているだろう。先の渡辺のセリフに対するのんの返答は、“まだ何者でもない”という意味として捉えることができるが、同時に、“何者にでもなれる”という彼女の現在/未来を思わせるものでもある。
演者と観客の時間と空間の共有、飛躍、そして交歓するこのステージは、いまののんにとって、もっとも輝くことのできる表現の場だと感じられた。いち俳優としてだけでなく、表現者としての可能性を、彼女自身その心と身体とで感じることができたのではないだろうか。