『凪のお暇』はセオリー通りには進まないからこそ面白い! “人間の多面性”を映し出す巧みな構成

 野菜たっぷりの手作りご飯、風を切る自転車、拾って来た扇風機、黄色くなったゴーヤと、立川のなにもない部屋で自分と向き合っていた凪が、ゴンとの出会いでそれまで「読む」だけだった空気を「おいしい」と感じられるようになり、今度はそのゴンに身も心も堕ちたことで息苦しく自堕落な生活に成り下がっていく。

 ああ、結局付き合う男に振り回される湿った女だったのか……と思わせて、冒頭のセリフである。凄い。そして“儀式”として、ゴンのバイクで行った海に向かい、自分の足で自転車をこぐ凪。「なんか普通。あの時ほど全然綺麗じゃないし。でも、充分!」。そうだね、恋愛フィルターが外れた工業地帯の海はもうそんなにキラキラしてない。だけど間違いなく清々しい。

 「メンヘラ製造機」こと、ゴンはどうだろう。ふわふわして優しくて、言葉にしなくても願っていることをすべてささっと叶えてくれる寄り添い系。こういうタイプは周囲に責められても「自分の何が悪いのか分からない」と、立ち位置や生き方、他者への接し方を変えないのがお約束。だが、どうやら凪がゴンから離れようとしたことで、彼の中に新たな感情が生まれたらしい。あれかな、クラスのアイドル的女子が自分に全く関心のない同級生を好きになっちゃうパターン……違うか……違うね。

 豪雨の中、凪に最後通牒を突きつけられた慎二も部屋に残る彼女の私物を捨て、スマホの写真を削除し、彼の中の凪の象徴である豆苗の苗を迷った末にゴミ袋に投げ入れる。慎二なりのリセット完了だ。

 新たな職場で仕事を始める凪、「顔が圧倒的に可愛い」後輩と次の恋を始めようとする慎二、自分から誰かを想う苦しさを知ったゴン。

 普通のドラマなら、主人公が変化しても周囲はそのまま……というセオリーで物語が進むが『凪のお暇』では皆が互いに影響を与え合って変わっていく。その姿は不器用であり、とても愛おしい。目まぐるしく過ぎる日常の中、勇気を出して一歩踏み出すのが怖い私たちは、彼らに自分の姿を重ねて小さな勇気をもらうのかもしれない。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
金曜ドラマ『凪のお暇』
TBS系にて、7月19日(金)スタート 毎週金曜22:00~22:54放送
出演:黒木華、高橋一生、中村倫也、市川実日子、吉田羊、片平なぎさ、三田佳子、瀧内公美、大塚千弘、藤本泉、水谷果穂、唐田えりか、白鳥玉季、中田クルミ、谷恭輔、田本清嵐、ファーストサマーウイカ
原作:コナリミサト『凪のお暇』(秋田書店『Eleganceイブ』連載)
脚本:大島里美
演出:坪井敏雄、山本剛義、土井裕泰
プロデューサー:中井芳彦
製作著作:TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/NAGI_NO_OITOMA/

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