『火焔太鼓』『富久』『替り目』、宮藤官九郎が『いだてん』に仕掛けた“落語”を解説

 前述の通り、志ん生師匠は「落語の神様」と呼ばれた存在である。何を喋っても落語に聞こえる天才性と、その型破りな性格から多くの逸話を残す(借金から逃げるために17回の改名と引っ越しを繰り返したとか)。そうした彼と、まーちゃんこと田畑政治はどこか重なる。頭に口が追いついていないと言われたほど口達者、「口が韋駄天」であるまーちゃんの水泳への異常な情熱。側からみれば「え!」と驚くような行動力で、あらゆる苦難も軽妙に乗り越えていく。その様は笑えて潔く、気持ちがいい。

 そしてまーちゃんは、落語好きでもある。第2章スタートの第25回で披露された『火焔太鼓』で、孝三とまーちゃんが「水ちょーだーい!」とハモったあの姿は何度観てもしびれるほどカッコよかった(「#いだてん落語的楽しみかた」で菊之丞師匠曰く「台本ではあそこまで丁々発止ではなかった。おふたりが控えでゴニョゴニョっと話していて」)。

 『火焔太鼓』も志ん生師匠の代表作のひとつ、あまりの完成度の高さに「志ん生のを聞いたことあるなら、他の噺家の火焔太鼓は聞かなくてもいい」と言われたほど。『替り目』と同じく夫婦の噺。人はいいが商売は下手な道具屋の亭主は、おかみさんに怒られてばかり。ある日、汚い火焔太鼓を仕入れてきて「売れやしないよ」とまた、おかみさんにいなされる。しかし、大名が通りすがりにその音色を聞いて気に入り、高値の300両で買い取ってくれることに。信じやしないおかみさんに、儲けた金をみせていくと、反応がみるみる変わっていくふたりの掛け合いが聴きどころであり、亭主とおかみさんの様子を孝三とまーちゃんの様子に重ねていた。

 火焔太鼓とはいわゆる、キワモノ。値打ちを評価されていなかった代物が、大名の目利きにより国宝級の代物だと高い評価を受け大化けする。それは「河童野郎」と罵られていたまーちゃんが、財務大臣である高橋是清を説得したことによってオリンピックおよび水泳日本の価値が見出され、自身も東京オリンピックを誘致するまで日本の歴史を動かす人物に大化けする物語とオーバーラップする。スタートは上手くいかなくとも、頭と口をフル回転させて、ここまで爽快に実現させていく力は尊敬すべき才能だ。

 「フラがある」とは落語業界の用語で、持って生まれた可笑しみや愛嬌がある、ということ。孝三が師匠からもらった「フラがある」という大切な言葉は『いだてん』全篇を通して丁寧に描かれ、人の有り様の情けなさも生真面目さも尊いとする、落語が持つ魅力と『いだてん』から感じる魅力は、どこか重なるように思う。

 失敗から多くを学び、笑いながらも前に進む愛嬌たっぷりの登場人物たち。側からみれば可笑しいほど日本中を走り回った金栗四三、田畑政治の忙しなくも憎めないキャラクター、脇役も含めそれぞれが生きることに一生懸命で可笑しみがあり、我が人生にもひとひらのきらめきを得られるような爽快感があるのだ。どんな物事も簡単に上手くはいかない。けれども、笑いながら懸命に流した汗の先には明るい未来が待っているのかもしれない、と思わせてくれる。これからもどんな落語が登場し、物語を盛り上げるのか。

■羽佐田瑶子
ライター。映画会社、訪日外国人向け媒体などを経て、現在はフリーのライター、編集。関心事はガールズカルチャー全般。主な執筆媒体はQuick Japan、She is、テレビブロス、CINRA.NETなど。Twitter

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

関連記事