『さよならくちびる』は“本気”の音楽映画に 小松菜奈×門脇麦が歌う、エモーショナルな楽曲の魅力

 新時代の幕開けに、桁外れのセンスと力を持った音楽映画が誕生した。5月31日に公開される『さよならくちびる』だ。映画タイトルでもある主題歌の作詞・作曲・プロデュースを秦基博、挿入歌「たちまち嵐」「誰にだって訳がある」の作詞・作曲をあいみょんが手がけており、公開前から音楽ファンからの注目度が高い。そんな期待のさらに上をいく小松菜奈と門脇麦の歌唱と演奏に、観客はきっと息を呑むに違いない。脚本に優しく寄り添う楽曲と、情景が鮮やかに浮かんでくる2人の歌声は、音楽を愛する人ならば一聴の価値があるものだ。

 リアルサウンド映画部では、本作の音楽のレベルの高さに注目。映画/音楽ライターの村尾泰郎によるレビューを通して、その魅力を深掘りする。(編集部)

 フォーキーでエモーショナルな歌が胸を打つ

 伝説によると、白鳥は死ぬ前に美しい鳴き声をあげるという。そのことから、ミュージシャンの生前最後の曲や別れの歌が「スワンソング」と呼ばれるようになった。小松菜奈と門脇麦が主演した映画『さよならくちびる』は、あるフォーク・デュオがスワンソングを歌う旅を描いた物語だ。

 独特の歌詞の世界とメロディーで人々を惹きつけるハル(門脇麦)。その美貌と歌声で人気を集めるレオ(小松菜奈)。そんな二人のユニット、ハルレオは、インディーズ・シーンで注目を集めながらも解散を決意する。そして始まる、全国7都市をめぐる解散ツアー。ハルレオの二人を乗せて車を走らせるのは、マネージャー兼ローディーのシマ(成田凌)だ。ツアー最終地は函館で、そのライヴが終わったらハルレオは解散。これまで苦楽を共にしてきた3人は他人に戻ってしまう。重い沈黙に包まれたまま、3人の最後の旅は始まった。

 監督の塩田明彦は、彼の作品『害虫』(02年)の主題歌を手掛けたNUMBER GIRLが解散ツアーをしたことを知って、別れることを前提とした旅に興味を持ったという。観客は旅の合間に挟まれる回想シーンを通じて、解散に至るまでの出来事を知るという構成だ。ハルとレオが出会ったのはバイト先のクリーニング屋。社員に怒られてふてくされていたレオに、ハルは唐突に「音楽やらない?」と声をかけた。ハルの部屋で身を寄せ合ってギターを弾く二人の姿からは、これまで彼女達が孤独に生きてきたことが伝わってくるが、塩田監督は二人を恋人達のように濃密な空気感のなかで撮っている。

 そんな二人の前に現れたのがシマだ。シマはかつてバンドをやっていたが、トラブルを起こしてバンドが解散してからはホストとして働いていた。しかし、ハルの書く曲に惚れ込んだシマは、自分をハルレオのローディーとして雇って欲しいと申し出る。ハルは「バンド内恋愛は禁止」という条件のもとにシマを仲間に入れたが、それぞれが恋心を抱いたことで3人の関係はこじれ、行き場のない想いが渦巻き始める。

 今回、3人の複雑な関係を描くうえで重要な役割を担っているのが音楽だ。本作の音楽プロデュースを務めたのは、『シン・ゴジラ』(2016年)、『未来のミライ』(2018年)などを手掛けてきた北原京子で、彼女は『害虫』で塩田監督と組んでいた。北原のアイデアで二人のミュージシャンにハルレオの曲を依頼することになり、そこで白羽の矢がたったのが秦基博とあいみょんだ。そして、主題歌「さよならくちびる」を秦、挿入歌「たちまち嵐」「誰にだって理由がある」をあいみょんが担当。「さよならくちびる」というタイトルは、塩田監督がハルが書きそうな詩を考えていた時に思いついたフレーズで、秦はそのフレーズからインスパイアされて曲を書き上げた。別れをテーマにしながらも、 ひたむきさと開放感に満ちたサビを持ったこの曲は、映画のイメージにぴったりだ。あいみょんが手掛けた2曲も映画の世界観を曲に溶かし込んでいて、 例えば 「誰にだって理由がある」では、二人が歌を選んだ理由が力強いメロディーに乗って歌われる。秦もあいみょんも独自の世界を持ったシンガー・ソングライターだが、物語を充分理解したうえで曲を書いたことで、 二人のミュージシャンの個性を盛り込みながらハルレオのオリジナル・ソングとしての統一感が生まれていて、そのフォーキーでエモーショナルな歌が胸を打つ。

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