辻村深月の愛が溢れた意欲作に 『映画ドラえもん のび太の月面探査記』に見る作家性

 また、今作に登場するその他のひみつ道具にも注目したい。"どこでもドア""タケコプター"などのドラえもんを代表するひみつ道具の他に"通り抜けフープ""桃太郎印のきびだんご""空気砲""スーパー手袋"などの有名なひみつ道具が登場する。これらはアクション描写、とりわけ戦闘シーンで扱われやすい道具ではあるが、今作の監督を務めた八鍬新之介監督の映画ドラえもんデビュー作である『ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜』の中でも印象深い活躍をしている。ジャングルを探検する際に危機を救う道具となり、あまりにも便利すぎるために冒険にならないと考えたジャイアンが空き地に置いていき、後々切り札のような使われ方をしているのだが、この秘密道具を選んだことも監督の過去作への敬意を込めているようにも受けとれる。

 『ドラえもん』はすでに長編の劇場作品だけでも39作品公開されており、そのファン層は子どもから大人までと幅広い。そのため、『ドラえもん』を代表するひみつ道具の数々を登場させつつ、原作ファンがニヤリとする場面も出すなどの配慮を忘れていないのは、『ドラえもん』を深く愛する辻村深月の脚本ゆえだったのではないだろうか。

 その内容でも辻村らしさは発揮されている。今作では"異説"という要素が物語の鍵を握るのだが、『かぐや姫』の童話も下敷きになるなど、想像力を働かせることが大事だと訴えかけてくる。さらに"異説クラブメンバーズバッジ"を単なる道具としてだけではなく、このバッジでなければ成立しない展開を用意し、ミステリー作家らしい伏線と回収もあり感動的な物語に仕上げている。

 また、辻村の作品はデビュー作の『冷たい校舎の時は止まる』を始め『オーダーメイド殺人クラブ』など10代の少年少女が主人公となる作品が多いが、それは今作でも同様である。キャラクターの幼さやかわいらしさの他に、友達を思う打算のない純粋な思いが心を打つことだろう。

 ドラえもん映画は他の子ども向けアニメ映画と比べても、道徳に配慮されているだけでなく子どもたちへの教育的な一面もあり、老若男女問わず誰もが安心してみることができる作品に仕上がっている。辻村は決してドラえもん映画の持つ魅力を損なうようなことはせずに、ファンと作り手の目線の両方を兼ね備えた高いバランス感覚を発揮した脚本となっている。

 最後に作画・演出面について言及していきたい。

 2018年に公開された『ドラえもん のび太の宝島』では今井一暁監督が語るようにアニメらしい躍動感のある動きが印象に残る作品だった。一方の今作では、動かないシーンがとても印象に残る作品となっている。

 特に今作のゲストキャラクターであるルカと初めて出会うシーンでは、秋の黄色いススキの美しさと紅葉した木や夕日などの赤、暮れ行く空の青の深さのコントラストが1枚の名画のようであり、引き込まれた。

 このシーンはゲストキャラクターであるルカをより印象強く観客にアピールする効果もあり、演出としても際立っているものだった。八鍬監督も辻村の書いたシナリオを読んだ時から肝だと考えており、アニメーターの手により印象に残るようにススキの揺れ方の1本1本を手書きで描き、手間のかかった描写となっている。

 近年はリメイク作品も多かったドラえもんシリーズだが、今作を含めて3年連続オリジナルストーリーで制作されている。2006年の『のび太の恐竜2006』にてリメイクが始まってからは、オリジナルと作品とリメイク作品はほぼ交互に制作されてきたのだが、このリズムを崩す形となっているのも、挑戦する姿勢として高く評価したい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。
https://blog.monogatarukame.net/
@monogatarukame

■公開情報
『映画ドラえもん のび太の月面探査記』
現在公開中
原作:藤子・F・不二雄
監督:八鍬新之介
脚本:辻村深月
主題歌:平井大「THE GIFT」
キャスト:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村、関智一、皆川純子、広瀬アリス、中岡創一(ロッチ)、高橋茂雄(サバンナ)、柳楽優弥、吉田鋼太郎
(c) 藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2019
公式サイト:https://doraeiga.com/2019/

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