中村倫也が教師として見せた“生き様” 『はじこい』が描いたほろ苦い大人への階段

 そんな山下のまっすぐな想いに、順子も「好きになりたいって、思ってる」と精いっぱいの誠意で応える。だが、その言葉は山下が、かつての妻・優華(星野真里)に言ったのと同じだった。「好きになりたい」とは、ポジティブに聞こえて、実は残酷な言葉だ。裏を返せば「今は好きではない」といっているのと同じなのだから。自分から恋に落ちるのと、相手の想いに応えようと好きになろうとすること。それは、自分のために勉強するのと、親の期待に応えようと受験に挑む姿に、どこか似ているのかもしれない。

 時を同じくして、親への反発心、そして順子への恋心から、東大合格を目指すようになったユリユリだったが、親の汚職疑惑騒動や順子と山下のデートで心が折れてしまう。それでも、誰に強制されたわけでもなく勉強を続けるユリユリに気づき、まっさきに声をかけたのは雅志だった。そして「自分のために勉強したくなったんじゃないのか?」と問う。

 「自分の幸せのためか。好きな人の幸せのためか」。人の動機を大きく2つに分けて考えているという雅志。そして「自分の幸せが好きな人のためでもあるなんて、そんなラッキーなプレッシャーないだろ」と発破をかけるのだった。自分が幸せになるだけでも、好きな人が幸せになるだけでも、私たちはどこか満たされない。自分も、好きな人も、幸せに収束する未来を模索していく。それが大きな決断を生み、その積み重ねが歴史になっていく。

 雅志の恋愛史がポンコツなのは、彼の不器用さもさることながら、順子の幸せを祈り続けてきた結果にほかならない。そして順子が幸せに生きることそのものが、雅志の幸せでもあることを受け入れているのだ。たとえ、それが男として無色透明な存在になったとしても。

 そして山下もまた、ユリユリの将来を、そして順子の笑顔を守ろうと、人生を大きくギアチェンジする。ユリユリの父にかかった疑いを晴らす代わりに、元・妻と再婚して、その義父の意志を継いだ政治家へと転身することにしたのだ。

 ユリユリの口からついた「政治家になれんの?」という質問は、「好きになれるの?」とリンクして聞こえてくる。そして、その問いに山下は「なるんじゃない?」と笑う。それは、好きな人の幸せを願えた自分を好きになれる、という確信。

 「決して後悔しないように、今に全力を尽くした結果だ」。山下が先生として最後にしてみせたのは、“生き様”の授業だったのかもしれない。付き合えたかどうかよりも、好きな人にとって“一生忘れられない存在”になること。そんな幸せの見出し方もあるのだという、粋な行動力をユリユリは学んだはずだ。雅志の理論的な“動機”の解説も、ここで繋がったに違いない。

 自分のために、好きな人のために。その両方の幸せに収束する決断を、大人はしなければならない。ユリユリが恋をする喜びを知った先に待っているのは、ときには身を引くことも必要になる、ほろ苦い大人への階段だ。物語も、東大受験もラストスパート。それぞれの春が、どんな形でやってくるのか。最強ピンクなサクラが咲くことを願っている。

(文=佐藤結衣)

■放送情報
火曜ドラマ『初めて恋をした日に読む話』
TBS系にて、毎週火曜22:00~
出演:深田恭子、永山絢斗、横浜流星、中村倫也、安達祐実、石丸謙二郎、鶴見辰吾、生瀬勝久、檀ふみ、高橋洋、皆川猿時
原作:『初めて恋をした日に読む話』持田あき(集英社『クッキー』連載)
脚本:吉澤智子
プロデューサー:有賀聡(ケイファクトリー)
演出:福田亮介ほか
製作:ケイファクトリー、TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/hajikoi_tbs/

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