95年の生涯に幕 マーベルという“心の居場所”を生み出した故スタン・リー氏の偉大さ

 スタン氏はシェイクスピアが好きだったそうです。「シェイクスピア劇の”大げさ”なところがいい」と。“大げさ”な表現・筋立てだからこそ、逆に優れた寓話として物事の本質を描けるということを言いたかったのかもしれません。確かにマーベル・コミックの世界は宇宙や異次元、魔界、そして大都会を舞台に色とりどりのヒーローやヴィランたちが暴れまわる“大げさ”な世界であり、ヒーローやヴィランたちは自身の生き方に“大げさ”に悩んでいます。スーパーヒーローたちの超能力というのは、人間が持っている能力を誇張させたものでありますが、スタン氏は個人が抱える悩みや葛藤、社会の問題をも誇張させてヒーロー物の中に取り込んだのでしょう。

 スタン氏が発明した”スーパーヒーロー物のフォーマットを借りた人間ドラマ手法”は、今大人気のマーベル映画にも受け継がれています。マーベル映画がなぜ愛されるのか? その理由の1つに「ヒーローたちに共感できるから」をあげる人は少なくありません。ヒーローである前に人間であるというスタンスの下、超人たちを欠点もある悩める人物として描いている。だから面白く、胸に刺さるのだと。これらの魅力は、スタン氏がコミックの中で、すでに作り上げていたものです。

 スタン氏は、いつしかマーベル・コミックを読む読者に対し「Excelsior!(向上せよ!)」と呼びかけるようになります。彼がなぜこのフレーズを使い、愛したのか諸説あるのですが、僕は彼がキャラ作りについて語ったこのコメントにヒントがあるような気がします。スタン氏はあるインタビューでこう言っていたそうです。「この世に完璧なヒーローなんていないし、だから完璧な悪党っていうのもいないのだ。皆どこかに欠点があり、悩みもある」「だからこそ人々も社会も、他人に関して寛容であり、相手をいきなり良い・悪いときめつけないで理解するところから始めるべきだ」。誰もが”完璧”ではないからこそ、いつも「Excelsior!(向上せよ!)」の精神を忘れずにということなのかもしれません。

 心の恩人であるスタン氏に直接お目にかかれたのは、2016年の東京コミコンでした。僕がMCを担当したスパイダーマンのステージに、スタン氏がサプライズ・ゲストとして登壇してくれたのです。スタン・リーという名前を知って、40年以上もたってやっとご本人にお会いできました。

 そのスタン氏が11月12日(米時間)に95歳で天に召されました。様々な思いが押し寄せましたが、いまは感謝の気持ちしかありません。スタン氏がいたからいまの自分があるのだと。そして彼の作り上げたすばらしいヒーローやヴィランたちの物語を称え伝えていくのが僕ができるスタン氏への恩返しなのです。

 スタン氏の逝去のニュースは本当に悲しいことでしたが、僕は日本のメディアがこのことを大きく取り上げてくれたことを嬉しく思いました。つい数年前まで、一部の人しか知らなかったスタン氏が日本でもこれだけ大きくの人々にリスペクトされる存在になっていたということです。彼の作り上げた素晴らしい世界は国境や世代を超えて愛され続けていくのですね。

 Excelsior!

■杉山すぴ豊(すぎやま すぴ ゆたか)
アメキャラ系ライターの肩書でアメコミ映画に関するコラム等を『スクリーン』誌、『DVD&動画配信でーた』誌、劇場パンフレット等で担当。サンディエゴ・コミコンにも毎夏参加。現地から日本のニュース・サイトへのレポートも手掛ける。東京コミコンにてスタン・リーが登壇したスパイダーマンのステージのMCもつとめた。エマ・ストーンに「あなた日本のスパイダーマンね」と言われたことが自慢。現在発売中の「アメコミ・フロント・ライン」の執筆にも参加。Twitter

(写真は、『スパイダーマン:ホームカミング』ワールドプレミアのときの故スタン・リー氏)

関連記事