ハリウッド大作で相次ぐ監督降板にある背景は? 「クリエイティブ上の意見の相違」について考える
ではそんなハリウッドの大作で相次ぐ監督の降板にある背景は何だろうか? 監督の降板が発表される際、その理由として「クリエイティブ上の意見の相違」と言われることが多い。一般的にメジャースタジオが持つフランチャイズの新作を企画する際、これまでの経歴やスケジュールなどを考慮した上で、監督の候補リストを作り、そこから候補者たちにオファーを送る。そして各監督によるスタジオ側へのプレゼンなどを経て、決定に至ることが多い。監督の人選は非常に重要で、作品のストーリーやスクリーンに映るビジュアルを作り上げるだけではなく、特定の監督と仕事したいと思う俳優も多いことから、キャストの善し悪しも決める。一つの作品において監督が果たすこれら役割の大きさが、「映画は監督のもの」などと言われる所以であるが、さらにビジネス面では、興行収入も大きく左右することも多い。しかし、メジャースタジオが抱える上のようなフランチャイズ作品の場合は、必ずしも「映画は監督のもの」という状況は当てはまらない。
先述のVultureの記事の中で、ハリウッド映画業界に長く携わってきたある匿名の監督は、ハリウッドの大作映画における監督の立場について、「監督の立場が小さくなりつつある。商品化、ブランドタイアップ、玩具などが、今スタジオがもっとも集中していることであり、ストーリーティングに目を向けるのは最後の最後だ。誰も追随できないようなトップ5にでも入らない限り、奴隷扱いと一緒だ」と述べている。
奴隷とまで言えるかどうかはともかく、各スタジオにとって、フランチャイズやユニバース、いわば目玉商品を、映画作品としてだけでなく、ブランドとしてどうマネージしていくかが、かつてないくらいに重要と考えられているのは確かだろう。『スター・ウォーズ』シリーズや「DCユニバース」などの作品たちは、各スタジオの「テントポール作品」と呼ばれる。つまりスタジオという大きなテントを支える太い柱なのであり、スタジオたちは既存のフランチャイズを長続きさせ、次の「ユニバース」を発見することに躍起になっている。そういった作品の監督に求められていることは、映画好きの間のみで語り継がれるようなカルト的アート作品を作り上げることではない。より多く大衆に認知され、確実に興行収入をあげることである。そこにはスタジオの戦略がより強く反映され、それ故にスタジオ側のビジョンと共存できない監督は「クリエイティブ上の違い」があるとして、別の監督と交代させられるのである。
2015年に公開されたマーベル作品の『アントマン』を降板したエドガー・ライトは、降板の理由について「一番聞こえが良い理由は、自分はマーベル映画を作りたかったが、スタジオ側はエドガー・ライト映画を作りたくはなかったということ」と語っているが、まさに上で書いたことの良い例ではないだろうか。ハリウッドのスタジオ映画においては、監督は基本的には雇われの身であり、力関係で言えばスタジオの方が強いのが通常である。最終的に公開されるバージョンである「ファイナルカット」を決めるのもスタジオならば、フランチャイズへの権利を持つのも、もちろんスタジオであり、大規模なスタジオ映画は、最初から監督ありきのものではないのである。一方、そういった作品を観に来るオーディエンスは、時にフランチャイズの中で監督独特の世界観が発揮されることを望んでいるもあるのは皮肉なことである。その一つの成功例として挙げられるのが、クリストファー・ノーラン監督による、『ダークナイト』3部作ではないだろうか。
ここ最近はこれらの「クリエイティブ上の違い」に加え、もう一つの監督降板の理由が目につくようになっている。『ガール・オン・ザ・トレイン』(2016年公開)の監督で知られるテイト・テイラーが、これまでマシュー・ニュートンが監督として製作が進行していた『Eve』(邦題、日本公開日未定。主演:ジェシカ・チャステイン)の監督に決定したというニュースが、アメリカの映画業界紙Varietyで報じられた。その理由は、過去に交際していた女性たちへの暴行やDVに関するスキャンダル、ということであるが、これは映画監督に限らず、#MeTooや、Time's Upといったムーブメントの中で、多くのプロデューサーやスタジオのエグゼクティブが過去の過ちを告発され、今いる地位を失うことが増えている中、今後も同様のケースは見られるだろう。
今後も、フランチャイズに頼るスタジオへの傾向が変わらなければ、「クリエイティブ上の違い」によるビッグタイトルでの監督の降板は続いていくだろう。そこに残るのは、楽しみにしていた映画から、自分の好きな監督が降りたと知ったオーディエンスたちのショックだけであろうか。最近公開される映画の傾向の一つとして、アート性の高いインディペンデント系映画と娯楽性の高い大規模映画のスタジオ映画により大きく二分していると言われるが、たとえ娯楽性が高いものであろうとも、映画が表現の媒体であることに変わりはない。毎年数多くのシリーズものやフランチャイズからの新作が公開される中、監督のクリエイティブなビジョンが、再び力を取り戻す日は来るのだろうか。
■神野徹
北海道出身。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で映画プロデュースを学び、その後メジャースタジオの長編映画企画開発部門などで経験を積む。
参照:
・https://variety.com/
・https://www.hollywoodreporter.com/
・https://www.indiewire.com/
・http://www.vulture.com/
■リリース情報
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