『カメラを止めるな!』ヒットの芽はいかにして育まれたのか? シェアしたくなる理由を分析
2016年からしきい値を超え始めた口コミの力
ある映画レビューサイトの運営者に聞いたのだが、『カメラを止めるな!』のレビュー投稿数の伸び方は、『この世界の片隅に』に似ていたという。
『この世界の片隅に』は、クラウドファンディングで製作資金の一部をまかない、その後もファンの熱心な応援によって上映が拡大、公開から2年経った現在も上映が続いている作品だ。
2016年は、『この世界の片隅に』以外にも『シン・ゴジラ』や『君の名は。』などSNSを中心にする口コミ効果が、映画のヒットに大きく貢献したと言われる作品が多く出現した。2016年は映画興行と口コミを考える上でエポックメイキングな年だった。
とはいえ、相変わらずマスメディアの力は強い。『君の名は。』にしても、長い興行に口コミが貢献したことは間違いないだろうが、公開初期の認知度調査では、テレビCMは以前高い数値を記録していた。(参考:テレビとクチコミで広まった"君の名は。"~VR CUBICデータから見る「君の名は。」ブーム~|ビデオリサーチ)しかし、あの辺りから何か風向きが変わったと感じた人も少なくなかったのではないか。
『カメラを止めるな!』はそれら2年前の大ヒット作品よりも、マスメディアの貢献度はさらに低いだろう。なにせ予算300万円のインディーズ映画だ。テレビCMなど打てる予算はないし、ウェブメディアのタイアップ広告でさえ厳しいだろう。少なくとも7月下旬までの興行を支えたのは、作品の熱に浮かされた観客たち自身だったのだろう。本作はまぎれもなく、口コミが生んだ大ヒット作と言っていいだろう。
好きなものを好きなように作ることの大切さ
さて、それではなぜ人はこの映画をシェアしたくなるのだろうか。ネタバレしない程度に分析してみたい。
一つには、本作の結末は心地よい裏切りだということだ。最初の37分間の展開からは、あのユニバーサルで普遍的な着地点に落ち着くと予想するのは難しい。この爽快に騙される快感は、やはり誰かに伝えたくなる。観客もそれを直感的にわかるのでネタバレ情報が出回らない。結果、熱量の高さだけが感染するように拡散していく。
本作の予想の裏切りは上映時間96分の中で何段階かに渡ってなされる。歴戦の映画ファンでも騙される見事な脚本だ。本作を観た人ならわかるだろうが、本作の脚本は明らかにぽっと出の新人のものではない。上田監督は短編映画などの実績があるが、相当に脚本の研究をされていると思う。ただ勢いあるだけの若手というわけではない。
もう一つ指摘したいのは、本当の意味で共感とは何なのか、ということだ。マーケティング的には「共感の時代」だとよく言われるようになったが、共感を得ようとして、消費者の声を聞いてその通りにすれば支持されるかというと、そういうことではない。
筆者は上田監督にインタビューの機会をいただいたのだが、上田監督は「どんな偉い人に何を言われようが関係ない、当たらなくてもいい、自分がいままで生きてきた中の“好き”を詰め込んだ96分をつくろう」と思ったと言う。そして映画監督を目指した理由も、ただ「映画を撮りたいから」なのだと。(参考:映画『カメラを止めるな!』上田監督が映画ファンに答えた “影響を受けた作品と笑い”【独占取材】|FILMAGA)
好きなものを好きなように作る。同人作家のようなことを言っているなと思ったが、それが今は一番共感される時代なのではないか。
筆者はTVアニメ『けものフレンズ』のことを思い出した。放送前はアニメファンの間でもノーマークだった低予算作品が、どんどん評判が拡がり大ヒットになった。作り手たちが本当に心から作品を愛していることが伝わってきたし、ファンの期待を超えるサービスを提供し続けてくれた。
それが突然、大人の事情による騒動でたつき監督が降板となった。作り手とファンが純粋な気持ちでつながった稀有な作品だっただけにショックは大きかった。
この映画にはそういう「大人の事情」めいたものを一切感じない。実際、ヒットさせねばならない企画ではなかっただろうし、本当に監督の好きだけが詰め込まれているのだろう。しかも本編の内容も映画作りに対する愛を描いている点で監督の姿勢とそのままリンクしている。
今、我々が観たいものは大人の事情でも上っ面だけの共感でもない。『カメラを止めるな!』のヒットが示したのは、「本当の好き」が詰まった作品こそ、今一番求められているということではないだろうか。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。
■公開情報
『カメラを止めるな!』
全国公開中
監督・脚本・編集:上田慎一郎
プロデューサー:市橋浩治
出演:濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山崎俊太郎、大沢真一郎、竹原芳子、浅森咲希奈、吉田美紀、合田純奈、秋山ゆずき
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール
(c)ENBUゼミナール
公式サイト:http://kametome.net/index.html