カッコ悪いけれど、カッコいいーー映画『馬の骨』が描く、『イカ天』魂にあふれた渾身の生き様

そのなりふりの構わなさ。カッコ悪いけど、カッコいい。 

 もしも本作が中年男性の視点だけだったら、それはあまりに哀愁に満ちた内容に成り下がっていただろう。逆に若さだけが満ち溢れていても空回りで終わったはずだ。つまり大きな鍵を握るのは、やはりこの親子ほどかけ離れたこの男女タッグの個性、さらに言えば異なる時代や世代、価値観といったものの掛け合わせの妙ということになる。

 そこに新たなハーモニーが生まれる。はじめは不協和音にも似た不恰好さばかりが目につくが、やがて呼吸や一挙手一投足がリズムとなり、発する叫びがメロディとなる。人生、それほどいいことばかりではない中で、本作はそうやって、日常に音楽の魂が湧き出でてくる瞬間をあまりに泥臭く、確かな体温を持って描いている。大成功なんてしなくていい。ただ自分自身を納得させたい。あの日の忘れ物を取り返したい。そんな切実な思いがじわりと胸に沁み、ただただ優しく、素敵に心を打つ。

 不意に涙を誘うのは、昔の仲間たちに「もう一度、バンドやらないか?」と連絡を取り始める熊田の姿だ。そこにはこれまでになく神妙で、気恥ずかしさと照れ隠しの中で瞳だけは真っ直ぐに見据えた表情があった。ふと「もう後悔はしたくない」という心の声が聞こえてきそうだった。

 かつて『イカ天』に出た一体どれほどの人が音楽活動を続けられているだろう。ライブシーンが撮影された新宿JAMも今はもう無くなった。気がつくと大切な存在が忽然と消えていたり、好きなものを好きだと言えないまま時が流れたりもする。人生はそんなことでいっぱいだ。かといってノスタルジーに耽っているだけでは何も始まらない。「今」をしっかりと掴まえなければ。ヒロインの船出を見守りつつも、自らの30年分の人生にケリをつけようと奮起する主人公の姿には、そんな覚悟と凄みがみなぎっている。笑っちゃうほどカッコ悪いけど、カッコいい。その相反する要素をなりふり構わず体現する生き様は、観る側の胸にも確実に何か熱いものを残すはずである。これは巨大な映画界からすればあまりにちっぽけな作品だが、こんな時代だからこそ、周囲の目ばかりを気にしすぎて身動き取れなくなっている人にとっては打ってつけ。まさに処方箋とも言うべき映画なのかもしれない。

 この渾身作を目にしながら、桐生コウジという人のステージ・パフォーマンスは今なお形を変えて続いているように思えた。「馬の骨」のスピリットは死んでなどいない。これからもこの人には、バンドを率いるみたいに破天荒かつ胸を揺さぶるような映画を作り続けて欲しい。そう強く感じずにいられなくなる一作である。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。

■公開情報
『馬の骨』
6月2日(土)より、テアトル新宿ほか全国順次公開
脚本・監督:桐生コウジ
出演:小島藤子、深澤大河、しのへけい子、信太昌之、黒田大輔、大浦龍宇一、髙橋洋、粟田麗、大和田健介/志田友美(夢みるアドレセンス)、茜屋日海夏(i☆Ris)河上英里子、萩原健太、石川浩司、ベンガル、桐生コウジ
脚本:坂ノ下博樹・杉原憲明
撮影:佐々木靖之
音楽:岡田拓郎
製作・配給:株式会社オフィス桐生
(c)2018オフィス桐生
公式サイト:http://umanohone-movie.com/

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