地獄のような体験を観客に味わわせる映画『デトロイト』は、現在のアメリカの状況をもあぶり出す

 だが真に驚愕するのは、事件後の裁判である。精神的、肉体的拷問を受け、暴力によって証言を強要された被害者たちとは対照的に、白人警官たちはアメリカの司法によって守られ、最大限に“彼らの”人権に配慮された裁きが行われるのである。ジョン・ボイエガが演じる警備員ディスミュークスは、周囲がヒートアップするなかで冷静に対立を避け、黒人たちの不満をなだめながら、彼らの命を救おうとする。その思慮深い行動をもってしても、凶行を止めることはできなかった。モーテルでの一夜を生き延びた被害者たちは、そこを脱してもなお「デトロイト」という街に隔離され、さらに旧弊なアメリカ社会という、何重もの檻の中に閉じ込められている。そんな逃げ場のない当時の状況、そして現在のアメリカの状況をもあぶり出したのが、本作『デトロイト』なのである。

 ただ注意しなければならないのは、アルジェ・モーテル事件はまだ全容が解明されておらず、本作は証言を基に想像を加えた箇所がいくつもあるという部分である。キャスリン・ビグローは、軍隊や警官、犯罪者など、女性でありながら伝統的に男たちが支配してきた世界を好んで描く映画監督だ。話題となった『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダーク・サーティ』もそうだが、これらはドキュメンタリーではなく、事実の再現を行ったものでもなかった。しかし、実在の人物名を出し、ドキュメンタリー風の演出が施されることで、創作部分も事実を基にしているかのように思わせてしまうという、クリント・イーストウッド監督の『アメリカン・スナイパー』同様の構造的な問題があった。しかし、本作は想像を加えつつも、事実に則した表現を目指しているという意味で、これらの作品とは異なり、社会に真の公正さとは何かを問う、より意義のある作品になっているといえる。

 黒人の苦しみを白人監督が表現するということについては、監督のなかで葛藤もあったはずだ。しかし、事件の被害者には白人女性も含まれている。衣服をはぎ取られ尊厳を踏みにじられた彼女たちもまた、女性であるということで軽んじられ蔑まれた被害者である。その意味において、人種差別、女性差別は、問題の根が根底でつながっているのだ。差別問題は黒人だけのものでなく、全ての社会的弱者に共通する脅威だ。誰もが被害者になり得るし、加害者になり得る。そして現在も同様の問題が依然として残り続けるというのは、それらの問題を看過し続けた社会全体の責任であり、市民一人ひとりの責任である。

 いまも人種差別問題に揺れるアメリカ社会だが、このようなアメリカの歴史の暗部を映画化し、それが話題になるという状況は、救いであり希望でもある。過去とまっすぐに向き合うことで、現在の問題を正しく理解することができる。日本を含め、世界の国々もまた、自国の歴史のなかの“目をそむけたくなる”部分に向き合うことが、いま必要だと感じる。本作『デトロイト』は、その勇気と信念こそを最も評価したい。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『デトロイト』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボール
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、ジャック・レイナー、アンソニー・マッキー
提供:バップ、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド
2017年/アメリカ/英語/142分/カラー/5.1ch/原題:DETROIT/日本語字幕:松崎広幸
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公式サイト:http://www.longride.jp/detroit/

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