『デジモン』はなぜファンの心を掴み続ける? 評論家が『デジモンアドベンチャー tri. 第5章「共生」』を語り尽くす

 アニメーション映画『デジモンアドベンチャー tri. 第5章「共生」』が、9月30日より3週間限定で公開されている。本作は、15周年を記念して製作された初代『デジモンアドベンチャー』シリーズの続編で、全6章で構成される内の5章目。異世界・デジタルワールドへ渡ったあの夏の冒険から6年後の世界を舞台に、高校生になった主人公・八神太一をはじめ、成長した“選ばれし子どもたち”の冒険を描く。

 1999年よりテレビアニメが開始された『デジモンアドベンチャー』の伏線を回収しつつ、新たな謎や問題が生じていく模様が支持され、多くのファンと共に成長してきた同シリーズ。一体どんなところがすごいのか、リアルサウンド映画部でも執筆中の物語評論家のさやわか氏、アニメに対する造詣が深いライターのまにょ氏の二名に、その魅力をアニメとゲームの歴史との関係性から紐解きつつ徹底的に論じてもらった。(編集部)

さやわか「ゲーム『デジモン』は戦うタイプの『たまごっち』という認識」 

ーーまずはお二人が『デジモンアドベンチャー』と出会った当時のことについて聞かせてください。まにょさんは『デジモン』世代ど真ん中ということですが。

まにょ:アニメが始まった当時が10歳くらいで、リアルタイムで1話から観ていました。自分のお小遣いで初めて買ったCDもOP主題歌の『Butter-Fly』でしたね。もちろんゲームもやっていました。

さやわか:僕は1997年に、漫画雑誌の裏表紙あたりに出ていた、ゲーム『デジタルモンスター』の広告を見たのが出会いですね。その前年には『ポケットモンスター 赤・緑』や初代『たまごっち』が発売されていて、自分の中では「戦うタイプの『たまごっち』みたいなもの」という認識でしたし、ゴツゴツしていて男の子が好きそうなデザインで、良いなと思った記憶があります。

ーーさやわかさんはゲーム機のほうを知るのが先だったわけですね。お二人は当時、『デジモン』をどう認識していましたか?

まにょ:当時の私は子どもだったので、まだインターネットの概念がよく分かっていなくて。『ポケットモンスター』など、モンスター系の作品は他にもあったんですけど、なぜか『デジモン』の中に登場する「デジタルワールド」は、実際にネットの中にあるのかもしれないと思い込んでいたんです。

ーー東京のお台場や光が丘など、現実にある場所が登場するので、よりリアルに感じていたのかもしれません。

さやわか:まさに『デジモン』はリアリティー重視の作品ですよね。そもそも、“デジタルモンスター”の成り立ち自体、現実世界と地続きの、ハッカー的な文化の中から出てきてるんですよね。最初はウイルスのようなものだったけど、次第に動物として進化していった、という設定ですから。あと、いま話に出た“実際にある場所”って、少し都心から外れた郊外なんですよ。人が集まる場所じゃなくて、人が住んでるところ。そのリアルさも面白い理由の一つだと思います。

まにょ:当時の子ども向けアニメで、ああやって実際の土地が出てくるようなものはほとんど無かったので、すごく新鮮だったのを覚えています。

さやわか:この時期くらいから、アニメも特撮も「大人と子どもの両方が楽しめるもの」が増えてきたんですよね。同時期に始まった『おジャ魔女どれみ』もそうです。子どもたちのコミュニティでの関係を通して成長が描かれる。ただ明るいだけの作品じゃなくて、登場人物が心の問題を抱えていて、それを解決していくという。『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』もそう。ただデジモンの場合は、対象の年齢層を単純に上げるのではなく、登場人物を子どものまま良質のジュブナイルものに仕立てあげることで、大人が感動できる作品になっていた。ただ、こういう良質のジュブナイル作品を「大人も観られる子供向け作品」みたいに言うのって、実は子どもをバカにしている感じがあって僕はあまり好きじゃないんです。でも『デジモン』は「ジュブナイルをちゃんと作れば、大人も楽しめるのは当たり前だよね」という作り方だから、幅広く受け入れられたし、後進の作品にも影響を与えたんだと思います。

ーーその潮流の基になっているのは?

さやわか:劇場版『デジモンアドベンチャー』の第一作目について細田守監督は『ミツバチのささやき』を挙げていましたね。二人の兄弟が自分たちの目線で問題と遭遇する話ですが、終始、子どもたちの視点だけで、親の顔が映らなかったりする。また主人公たちが“選ばれし子ども”になるきっかけだった事件も、のちのテレビシリーズでただの爆発じゃなく「爆弾テロ事件」として扱われるというリアリティのあるものだった。それらの要素がテレビアニメ版に受け継がれて、大人の社会にも影響を与える問題が発生しつつ、子どもたちの視点でその問題を解決するという基本路線が作られていったんだと思います。映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(以下、『ぼくらのウォーゲーム!』)もインターネットを介して核ミサイルが撃たれるという物語でしたが、やはり子どもの世界だけでそれを解決する。そういう部分は『新世紀エヴァンゲリオン』からの流れもあったように思えます。敵を単純な“悪いヤツ”に見えるような描き方をせず、それぞれの背景があるような設定にしていたのもそうですよね。

ーー現実社会と子ども社会、光と闇のバランスが程よく描かれています。対立構造も「正義VS悪」じゃなくて「正義VS正義」だったり。

さやわか:今でこそ当たり前ですが、当時の大人は「子どもたちにわかるのかな?」と感じていたでしょうね。そのあたり、『デジモンアドベンチャー』は上手く描かれていると思いますよ。最終的には熱血っぽい印象に映っていたと思うので。

まにょ:子どもっぽいネタも散りばめられていましたもんね。大人になって観てすごくびっくりしたのが、やたらと“うんちネタ”が出てくること。さやわかさんの話しているようなアプローチもありつつ、子どもの心を掴んでいたのはそういう要素もあるのかなと。

さやわか:ギャグ的なアプローチは確かに多かったです。そもそもこの作品自体、「冒険もの」で「夏休み」、そして「異世界」と、子どもの好きな要素が詰め込まれています。ちなみに、まにょさんは当時この作品を見てどう思っていたんですか?

まにょ:めちゃくちゃ面白くて、私は「いつかデジタルワールドに行くんだ」と思っていました。だから、「選ばれし子どもたちにはどうやったらなれるんだろう」って考えていましたし、ヤマトにも恋心を持っていて。同性としてはミミちゃんも憧れでしたし……(笑)。

さやわか:なるほど。ヤマトはやっぱり人気なんですね。改めて、あのキャラクター同士の関係性は良いですよね。彼らは単純に仲が良い友だちというわけではなく、性格もバラバラで一筋縄ではいかない距離感がある。そういう子どもたちのコミュニティや環境を描くものは、アニメには無かったので新鮮でした。

ーーたしかに、観ていて「このキャラクターに感情移入できる」という対象が人それぞれ違っていてもおかしくないほど、個々のキャラクターが立っていました。

さやわか:僕は丈がすごく好きですね。彼、微妙なポジションだし、物語上でも扱いにくいキャラクターだと思うんですよ。だって、戦いに来なかったりするんですから(笑)。みんながラスボスと戦っているときに、彼だけが試験を受けてるなんて、リアリティがあっていいじゃないですか。そうそう、この作品、電話やメールで連絡をよく取り合うのに、戦いの場には全員集まれずに誰かが欠けていることがすごく多いんですよね。『デジモンアドベンチャー tri.』(以下、『tri.』)を観ていても、「また来れないんだ!? 全然集まれない!」と感じる場面があって面白かったです。 だって、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(以下、『ぼくらのウォーゲーム!』)も結局、“集まれない話”じゃないですか。友達だから、仲間だから一致団結して勢揃い、とならないのが良いですよね。

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