“爆音上映”の仕掛け人・樋口泰人が語る、その醍醐味 「観客と一緒に、映画を作り直す感覚」
近頃、多くの場所で目にするようになった“爆音上映”もしくは“極上爆音”の文字。要は、音楽ライブに用いるような機材を使って、より音響面に特化した形で映画を上映する試みなのだが、その主催者たちはどんな思いのもと、具体的にどんな準備と作業をしながら上映に臨んでいるのだろうか? 2013年より、毎年“爆音映画祭”を開催している山口情報芸術センター[YCAM]で、“爆音上映”の第一人者とも言える樋口泰人(映画批評家/boid主宰)氏に接触。YCAMの映画担当・杉原永純氏、“カナザワ映画祭”を主催する“一般社団法人映画の会”代表・小野寺生哉氏の同席のもと、“爆音上映”の醍醐味や、それが持つ意義について、大いに語ってもらった。
観たいもの以外の音が聴こえてくるのが爆音上映
――樋口さんは、“爆音映画祭”という企画を始めて、もうどれくらいに?
樋口:2004年からやっているから、もう13年になりますね。具体的に僕がやっているのは、音を大きくした上で、ヘルツ数から音質、その音の強弱っていうところまでバランスをとって、より映画を面白く観られるようにしようっていうことなんですけど。もっと言ってしまえば、一本の映画という素材があって、それを磨き直しているみたいな。だから、音楽で言うところの、マスタリングに近い作業かもしれないですね。ただ、音楽の場合、人それぞれ、好きな場所、好きなセッティングで聴くことができるけど、映画の場合は、映画館で映画がやっていて、そこにお客さんがくるわけです。だから、その映画館がどんな場所かっていうところで、映画の音が変わってくる。その調整みたいなことを、それぞれの場所でしているというか。なので、爆音上映は、どこでやっても、その場所でしか観ることのできないもの、体験できないものになっているんですよね。
――音の抜き差しみたいなものを、各会場に合わせて調整している?
樋口:基本的に、出ている音そのものは、変えてないんですよ。単に、聴こえ方を変えているだけなので。結局、スピーカーが変われば音は変わるし、壁が違えば音は変わるわけです。そういう意味で、映画というのは、実に不安定なものなんですよね。画面については、どこで観てもあまり変わらないですけど、音っていうのは、その場所によって変わってきてしまうので。だから僕は、観る場所も含めて映画なんだと思っているんですよね。もちろん、そのへんの認識の違いはいろいろあるとは思うんですけど、基本的に作品を観るということだけではなく、その場にきてくれた人たちと一緒に、映画を作り直すみたいな感じなのかな。そのたびに、映画が生まれ直しているというか。そういう作業をやっているんだと思います。
――“爆音”といっても、音が大きいだけではないですよね?
樋口:そうですね。“爆音”というと、その字面から、どうしても音がでかいっていうイメージがあると思うんですけど、今年YCAMでやった『ウエスタン』などがそうでしたけど、爆音にすることによって、小さく沈んでいた音が、スッと浮かび上がってくる。そこが面白いというか、音を大きくすると、観ているこっちの耳も開いていくんです。すると、今まで聴こえなかった音が、聴こえてくる。要するに、ストーリーを追うのに夢中になっていたり、自分が観たいものを追うのに夢中になっていたりすると抜け落ちてしまう音が、映画の中には、いっぱいあるわけです。ただ、音が大きくなると、その自分が観たいものというのが、一旦留保されるんです。観たいものを観ている自分がフッと消えて、耳が開かれてくるというか。そのギリギリのラインを行くのが、いちばんいいところだと思っているんですよね。観たいもの以外の音が聴こえてきたりする。そこが、爆音上映のポイントなんじゃないかと思います。
――僕も“爆音上映”をYCAMで体験しましたが、音の大きさ以上に、これまで意識していなかった細やかな生活音や環境音が印象的でした。
樋口:だから静かな映画を爆音でやると、結構面白いんですよ。これまでYCAMでやったもので、割と静かめの映画と言ったら……去年、アピチャッポンの『光りの墓』をやりましたよね?
杉原:はい。アピチャッポンは、すごく面白かったですね。あまり一般には知られてないですけど、映画によっては、音響デザイナーという仕事をやっている人たちがいて。いちばんわかりやすいのは、コッポラの『地獄の黙示録』とかですよね。あの映画は、ウォルター・マーチっていうコッポラの昔からの仲間が、編集と音響デザインを同時にやっているんですけど、彼によって音響デザイナーという仕事が、ハリウッドで認められたところがあって。『ファイト・クラブ』など、フィンチャーとずっと一緒にやっているレン・クライスとかも、そういう感じの人ですよね。彼の音響設定も、爆音にすることで、初めて気づけることが多いというか。
樋口:ガス・ヴァン・サントと一緒にやっているレスリー・シャッツとかも有名ですよね。あと、ソクーロフとかタルコフスキーとか、ソビエト時代のスタジオの音は、めちゃくちゃすごいんですよ(笑)。
杉原:単純に言うと、耳のいい監督とあまり気にしない監督と、2パターンいると思うんです。で、耳のいい監督っていうのは、やっぱりスタジオでのリクエストが、ものすごい多い。それに応えて、いろんな音が、レイヤーの深いところに入っていて。そういうものは、通常の上映、特にモニターとかで観ていたら、なかなかわからないと思います。で、最近だと、とにかくアピチャッポンが相当すごいというか。彼は多分、異常に耳が良い。それは、映画と違う形で、いろんな作品を発表しているからっていうのもあるとは思うんですけど、映画でも、ものすごい音の練り込み具合いになっていて。
樋口:あと、ホウ・シャオシェンとかツァイ・ミンリャンとか、台湾の監督の音もすごいですよね。
杉原:そう、だからアジアの人たちの音が、実はかなりやばいっていう(笑)。まあ、みんな何かしらテーマがあるとは思うんですけど、そのなかでも、アピチャッポンは非常に繊細な仕事をしている感じがしますよね。