立川シネマシティは『ベイビー・ドライバー』をどう宣伝? 局地的ヒット狙う戦略を明かす

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第19回は“映画館の宣伝について”という第9回で取り上げたテーマの第2弾です。

 もう観ました? この夏の期待作『ベイビー・ドライバー』。『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン』のエドガー・ライト監督の新作、と言えばわくわくする映画ファンも少なくないはず。

 毎回ぶっ飛んだ設定で楽しませてくれる監督ですが、今回の仕掛けは“アクション+ミュージカル”。主人公は音楽を聴いているときに天才的なドライビング・テクニックを発揮するという「逃がし屋」。その名は、ベイビー。

 犯罪アクション映画ながら、ロックやソウルのシブめの名曲がiPodから流れれば、リズムに合わせてカーチェイスや銃撃が始まるというミュージカル仕立て。すべてのサウンドが音楽にピシッと合っていくので、カッコ良さと気持ちよさと可笑しさで、めちゃくちゃアガります。

 前評判も高く、すでにアメリカでは大きなヒットになっていますが、今作、実は日本では40館ほどでしか上映されない、小規模な公開なのです。

 確かに、ジェイミー・フォックスやケヴィン・スペイシーという大物は出てますが、アンセル・エルゴートはまだまだ日本では知名度が低いし、実写版『シンデレラ』のリリー・ジェイムズと言っても、お客が呼べるほどのスターではありません。

 エドガー・ライト監督のこれまでの作品も、一部での評価は高いですが、大ヒット作はありません。「アクション+ミュージカル」という仕掛けも、下手をするとアクション好きも、音楽好きも、どっちつかずで食いついてこない可能性だってあります。

 ですので、興行に携わる人間なら「これちょうどいい規模だな」と感じるのではないでしょうか。まずは濃いめ映画ファンに観てもらって、そのクチコミの勢いを借りて、夏の大作が落ち着いてきたところで拡大公開していく、というのが作戦でしょう。

 こういう作品を例えばいきなり全国200スクリーンとかで公開すると、一時的な動員総数は増えても各劇場はお客さんが分散してガラガラになってしまい、ある種の“熱”が醸成されにくくなってしまいます。結局3週目あたりでどの劇場も小さなスクリーンにて夜1回とかの上映になって、長くて5週か6週で終了、という流れになりがちです。

 これが公開館数が少なければ、混雑が続くわけです。そうすれば大きなスクリーンが割り当てられ、上映回数、上映週数も増えます。

 観やすい時間は満席になる。近くの映画館でやってないからわざわざ遠出して観る。こういう面倒や手間も「評判」を生んでいく要素のひとつです。そしてネット等でどんどん作品認知度が高まっていったところで、拡大公開。確固たる作品力があれば、大きく上映していたら5週、6週で終わっていた映画が、上手くいけば10週、15週と上映されていくわけです。

 公開スクリーン数というのは、映画をヒットに導くのに大変重要なのです。

 しかし、これは配給会社のテリトリーですので、詳しいことは宣伝プロデューサーの方に譲って、僕は劇場側についての話をしましょう。

 スターは出てなくてもきちんと作品力があり、かつ公開スクリーンが少ない作品をお預かり出来る時、劇場側の熱も必然的に上がります。なぜなら大作は一劇場がどうにかしてもどうにかなるものではないですが、小さい規模の作品は「局地的ヒット」の夢があるからです。

 立川に1館しかない零細シネコンのただの一社員が、なぜこのようなサイトで、著名な方々に混じってコラム連載などさせてもらえているのか。それは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『キングスマン』『ガールズ&パンツァー 劇場版』『この世界の片隅に』等々のそれほど大きくない公開規模の作品を、その作品の興行の在り方に影響があるほど、局地的にヒットさせることに成功したからでしょう。

 夢がある、とは思いませんか?

 こういう好機は、劇場自ら作り出すのは難しいですが、回ってきそうなチャンスは逃さないことです。

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