アジア最大のヒット作『人魚姫』、チャウ・シンチーの笑いとヒューマニズムを読む

大きな力に触れ、変貌を遂げる主人公

 

 この『人魚姫』は「アジア歴代興行収入NO.1作品」という威厳たっぷりの惹句を身にまといながらも、実際にはもっと気軽に笑いながら見ることのできるエンターテインメント作だ。だが、この気軽さの裏側には、チャウ・シンチーがナンセンスな笑いの本筋にいつも忍ばせるヒューマニズムが、やはり変わらず宿っている。

 彼の映画では「挫折を味わった主人公が何か大きな力に触れ、人間として変貌を遂げていく」という決まった軸がある。特に本作では、中国全土で問題になっている公害汚染や自然破壊、拝金主義に警鐘を鳴らすメッセージが付与され、我々はてっきり人魚シャンシャンの方が主人公かと思っていたら、実は大きな変貌を遂げるのはリウの側。いつしか彼が、かつてチャウ・シンチーがこれまで自作で演じてきたような“変わりゆく”役柄に収まっていく。こういった、ナンセンスだが決して人の道を外れることのない安心感がシンチー作品の魅力なのかもしれない。

 

 ちなみに、もう一つ私の心を捉えたのは、クライマックスで冒頭の太った人魚オヤジがもう一度だけちらりと登場して、人魚のシャンシャンにカメラを向ける無言のワンシーンだ。もしかすると多くの観客が苦笑いしてスルーするだけの、取るに足らない場面かもしれないが、いわば「フェイク人魚」と「リアル人魚」が初めて対峙する場面に何らかの意味を持たせるとすれば、これは脚本の構成上、いわゆる電極のプラスとマイナスが合わさって、何かが起こることを保証する箇所とも言えるだろう。

 結果、海と陸から追っ手がせまる中、思いがけない方法でシャンシャンは救出されることになり、まさにこのくだりでリウの行動力は沸点に達し、彼はこれまでの価値観から脱して本当に大切なものは何かをようやく確信するに至る。それはささやかだが、大きな奇跡と言っていい。

 もしチャウ・シンチーの試みが成功しているのであれば、同じタイミングで観客の心のスイッチもグッと押され、昨日までは気づかなかった大切な何かに気づくことになるだろう。翻ってあの人魚オッサンは単なるナンセンスの塊などではなく、実はその導火線としてこの物語に最初から潜み続ける人魚以上に奇怪な、それでいて大切な存在だったのかもしれない。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

■公開情報
『人魚姫』
シネマート新宿ほかにて公開中
監督:チャウ・シンチー
出演:ダン・チャオ 、リン・ユン、ショウ・ルオ、キティ・チャンほか
中国/94分/原題:美人魚
(c)2016 The Star Overseas Limited
公式サイト:http://www.ningyohime-movie.com/

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