『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』Blu-ray & DVD BOX リリース記念
岡村靖幸×松江哲明『おこだわり』特別対談 岡村「ドキュメンタリー作家には“運”もすごく必要」
松江「役者さんを使う作品はテレビの方が面白い」
岡村:このやり方だと、撮影時間も長くかかるんじゃないですか? 例えば通常のドキュメンタリーと違って、照明のセッティングや、女優さんたちのメイクもあるじゃないですか。長回しも多いし、かなり大変だったのでは?
松江:いえ、むしろ早かったです。時には二時間くらい巻いたりもしたので、スタッフもすごく驚いていましたね。朝に集合して、夜まで撮ったことってほとんどなかったですから。大体、夕方くらいには終わっちゃう場合がほとんどでした。モー娘。さんの回だけ、練習時間が夜だったから遅かったですけれどね。照明もそんなに作り込んだりしないし、ほとんどワンテイクで終わっちゃうんです。その代わり、一度カメラを回し始めたら四十分から一時間位止めないで、基本的には2カメを使ってずっと長回しでした。
岡村:斎藤工さんの時に、映像の色合いが違うカメラもありましたが、あれは伊藤さんの持っているカメラですよね。
松江:そうですね、あれを入れると3カメで、彼女が撮った映像も結構使いました。伊藤さん、撮っているうちにどんどん上手くなっていくんですよ。あと、伊藤さんだからこそ撮れる関係性の深い画も多くて。松岡さんも伊藤さん相手だと心を許しているから、カメラマンでは近寄れないくらいの近距離でも、油断しちゃうんですよね。そういう画はどんどん使っていきました。
岡村:逆に、ツーテイク、スリーテイクと重ねることはほとんどなかった?
松江:ほとんど無いです。カメラがトラブルで止まってしまったとか、そういうときくらいで。そのぶん、緊張感もすごくありましたけどね。撮影自体は一ヶ月ちょっとだったんですけど、普通の深夜ドラマだったらきついスケジュールなんですよ。でも、僕の撮影はだいたい夕方には終わるし、2~3日撮ったら一日撮休みたいな感じだったので、スタッフも意見を出してくれるクリエイティブ現場だったと思います。僕の場合、それくらいのペースで区切りよくやっていかないと、台本がどんどん変わって収まりがつかなくなる(笑)。テレビドラマのペースを自分なりに掴めてきたかなと。
岡村:松江さん、最近ツイートで「テレビよりも映画の方が楽だ」って仰っていましたね。
松江:僕はテレビの方が大変ですね。どちらも責任は重いけれど、後々に残るのは映画だと思うので、一分一秒に気を使うのは映画なんですよ。ただ、テレビってワンクール全十二話を短期間でやるから、集中力を維持するのが大変です。
岡村:テレビ番組での監督は、制作において全体を見るわけじゃないですか。役者のことも見るし、どういう風にお金が動くかも見るし、スケジュールも見るし、物語の流れも見るし、編集も見るし、テレビに流れることも考えるし、テレビ局が喜ぶっていうことも考える。その上で、松江さんの作家性が関わってくる。もちろん、映画も考えることはたくさんあると思うのですが、より監督の作家性にフォーカスされたものだと思うんですよ。でも、テレビにはいわゆるスターの人たちも出てくるし、色んな人の思惑やスケジュールをよりシビアに調整しなければいけないから、それは大変だろうと思うんですよね。
松江:たしかに苦労は多いですが、こういう風に役者さんを使う作品はテレビの方が面白いし、ハマると考えていて、最近は企画も全部テレビに出しています。というのも、映画の場合は観客に「観に行こう」って意思があって、はじめて観られるものじゃないですか。だから、行く前に情報を集めたり、評判を聞いたりして、わざわざ電車に乗って街に出たりもする。その分、みんなある程度のリテラシーがあるんです。一方でテレビは、何気なくスイッチを入れて観ちゃうから、こういう作品はある意味でのアクシデントみたいに映ると思うんです。視聴者の前情報に差があるからこそ、ドギマギしながら観るひとも多いというか。たぶん映画でやると、もっと嘘くさくなるし、内輪ノリっぽく映っちゃうところもあると思う。でもテレビだと、本当に信じちゃう人も中にはいて、それがむしろ面白いんじゃないかなと。
岡村:これは突然観たら信じちゃいますよ。前回の山田さんも、今回の松岡さんもそうだけれど、彼らはコマーシャルにも出演するような一流のスターじゃないですか。その人たちが追い込まれている姿っていうのは、刺激的だし、こんな姿を観ちゃっていいの?っていう気持ちもあるし、みんな興奮すると思うんですよね。しかも、偶然が重なって良い画が撮れたりもしている。これを観ていて思ったのは、松江さんには強力な“運”もあるということですね。もし運がなければ、パッとしない画になっていたかもしれない。これだけ面白いパフォーマンスや演技が撮れるのは、さすがです。もちろん、人間をこういう檻に入れてこういう風にしたら、こういう反応をするっていうのがわかっているのだとも思うのですが、ドキュメンタリー作家には運もすごく必要なんだって、すごく思いました。
松江:現場で絶対に雨が降っちゃいけない時に降っちゃうタイプの人とかは、ドキュメンタリーは無理だと思います(笑)。ただ、カメラが回っている時に何かを起こす力は必要だけど、それはある程度作ることもできるんですよ。それこそプロレスのレフェリーみたいなもので、この人とこの人が対戦したら、お互いの癖が分かってるから、こういう事が起こるだろうっていう予測が出来るし、だったら観客にこういう声援を投げかけさせようとか、こういうエキストラを用意しようとか、いろいろやってリングを作っていける。でも、やり過ぎると嘘くさくなるから、自然に波風を起こしていかなければならないんですけれど、それはカンパニー松尾さんのAVの現場で教わった気がしますね。そのバランスは、ドキュメンタリーの監督にとって大切だと思います。
岡村:この付録の漫画を読むと、大橋裕之さんは松江さんに追い込まれたからこそ、あの強烈なキスシーンをしたことがわかりますよね。
松江:僕も大橋さんがあんなキスをするとは思ってなかったです(笑)。ただ、僕はいつもモニターを見ないで、カメラの横で手を叩いて笑ってたり、床を叩いてたりするから、役者さんがそれを見て、「なにか面白いことをしないと」って、気配で感じてくれているとは思います。大体の監督はみんな別室で、モニターずっと見ながらインカムで指示出したりするんですけれど、僕は現場の空気を一番感じていたいタイプなんですよね。
岡村:演者の人たちは、松江さんの目をすごく感じてるんでしょうね。漫画ではどんな風に松江さんが人を追い込んでいくかもしっかり描かれているので、これもぜひ読んでほしいところです。