成馬零一の直球ドラマ評論『とと姉ちゃん』十一週目

常子、ケンカ騒動で会社クビに 『とと姉ちゃん』第十一週で描かれた厳しい現実と人間のたくましさ

 常子が会社をクビになり、滝子が倒れ、森田屋が閉店になるという重苦しい展開が続く中、富江と長谷川が付き合っていて、すでに妊娠していたという驚愕の事実が発覚。激怒する宗吉に対してまつが「お前もそうだったじゃないか」と言うのが面白い。優等生的な世界観を打ちだしている朝ドラで、こういう身も蓋もない姿を描くのかと驚かされる。常子と星野武蔵(坂口健太郎)を見ていて、部屋に行くような関係なら「乳繰り合うような関係」になってもおかしくないだろうと思っていたが、富江と長谷川の場合は、あの森田屋の中で、いつそういうことになったんだ? と、にやにやしてしまう。

 と同時に思うのは、戦時下の過酷な状況でも人間は意外とたくましいということだ。それは戦争中でもビアホールに集う人々にしてもそうだし、ちゃっかり子どもを作っている富江と長谷川にしてもそうだ。多田の裏切りや闇商売をしている業者にしても視点を変えればたくましいと言える。森田屋を出ていく時、からっぽになった家を見て感慨にふけるまつ。その様子は浜松を出る前の小橋家を思い出させる。おそらく常子はこれから何度もからっぽの家で、人との別れに立ち会うのだろう。

 その後、常子は甲南出版に就職。検閲に引っかかったページを切る作業を手伝わせるという場面はかなりブラックなシーンだが、そんな作業を楽しそうにおこなう常子と、ちゃっかり常子を口説こうとする五反田一郎(及川光博)の姿は、どんなに世相が暗くなろうと、楽しいこともあるし、新しい出会いもある。たとえ戦時下であっても、現代を生きる私たちと同じような喜びや哀しみがあったのだと教えてくれる。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■番組情報
『とと姉ちゃん』
平成28年4月4日(月)〜10月1日(土)全156回(予定)
【NHK総合】(月〜土)午前8時〜8時15分
[再]午後0時45分〜1時ほか
公式サイト:http://www.nhk.or.jp/totone-chan/

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