『押井言論 2012-2015』インタビュー

押井守が明かす、アニメを見なくなった理由「本当にオヤジが面白がる映画は“デストロイ”」

「宮さん(宮﨑駿)の『千と千尋の神隠し』は、完全に三途の川を渡る映画」

――最近のアニメ界のヒット作だと『おそ松さん』というのがあって。制作が押井さんの古巣のstudioぴえろですが、ご覧になったりはしましたか?

押井:いや観たことはないです。ただそういう噂は聞いてる。ぴえろは元々おそ松くんやってたから、その関係なのかなって思ったけど。まあおそ松さんっていう発想自体は面白いと思ったけどさ。大人になったおそ松たちで、6人兄弟みんなプーだって話を聞いたときに、ああなるほどってさ。そういう発想は面白いなと思った。ただまあ、じゃあ観てみようかってならないよね。というか、ようするに、アニメを観る気分じゃないんですよ。

――他の作品でも最近観たものはないんですか?

押井:ないですねえ。最近これをどうしても観たいと思うのは、アニメに関してだと、ゼロですね。そもそもさ、65歳も過ぎた人間に、若い人が観ているアニメに興味持てっていうほうが無理だよ。アニメに限らず、いま公開されてる内外の映画で、60過ぎたオヤジが価値観持てる映画、観るべき映画ってあると思う? いま作られてる日本映画の大半は、若い観客のために作られてるんで。

――高年齢層向けの映画ということでは、北野武監督の『龍三と七人の子分たち』がありましたね。

押井:あれは僕はね、あんまりシニア向けだって気がしなかったけど。若い人が観たらきっと面白いんだろうけど、実際に60過ぎた人間があれ観て痛快かっていったら、そんなことないと思うよ。たけしが面白がって、若い人のために作ったんだなという気がする。本当にオヤジやジジイが面白がる映画って、ああいうものじゃないと思う。何かっていったら大体想像がつくんだけど。とにかく、デストロイですよ。破壊。オヤジはなかばヤケクソになってるから。どうでもいいと思ってるし。オヤジが感心するようなドラマなんて、そんじょそこらに転がってないから。人生の実相に迫ってるようなすんげえやつとかね、まずないですよ。それだったら歴史関係の本を読んでるほうがはるかに面白い。人間の営為として、スケール大きいし。僕が戦争の本しか読んでないというのはそういうことなんだよね。

 やっぱり映画っていうのはね、基本的には若い人のためのもので。年取った監督が作るものは、あっちの映画。川を渡った向こう側を目指すんですよ。死生観にしか興味ないから。だからアニメ系の監督は必ず作るじゃない。宮さん(宮﨑駿)も『千と千尋の神隠し』を作った。あれは完全に三途の川を渡る映画だからね。高畑(勲)さんも『火垂るの墓』を作った。まあ私もそういう意味で言えば作った、『イノセンス』を。あれは冥土の世界みたいな話だからね、出てくるのは全員幽霊だから。

 スターチャンネルとかCSでやってれば、暇なときは観るけど。サッカーやってなければ。でも今はビルダーズやっててテレビがゲームモニターと化してるから、サッカーすら観なくなっちゃった。自分で映画館に行って観たいと思う映画って、ほとんどないですよ。

――映画を観るインフラとして、映画館に行って観るという形以外にも、テレビ放映だったりとか、あるいは定額制のサブスクリプション・サービスみたいなものも出始めてますが。

押井:配信でしょ。たぶん、そっちに行っちゃうんだろうねきっと。僕はそれでも、年に数回は映画館に行くんですよ。嫌いなんだけど。人混み嫌いだし、シネコンの甘い匂いが大嫌いでさ、ポップコーンの。なぜ行くかっていうと、シニア料金で入れることが判明したので(笑)。1100円で観れるんだ、なるほどってさ。今週も一本観た、『バットマン vs スーパーマン(ジャスティスの誕生)』。楽しく観てきましたよ。1100円だから全然惜しくもなんともないからさ。もちろん一人じゃ行かなくて、適当に知り合いのお姉ちゃんと観に行ったりするんだけどさ。そういう意味だと充分楽しめるし、逆にそういう基準で選んでる。だから007とかね。『スカイフォール』とかなかなか面白かった。でも『スペクター』はまるっきりお話にならないぐらいつまらなかった。だから、誰かと観に行って、帰りにそれを肴に酒呑んで帰ろうかっていう、体験になるんだよ。結局、映画館に行くってことは。

 楽しく時間を過ごしたいということであれば、『アナと雪の女王』で別にいいんじゃない。観たけどさ、テレビで。全然つまんなかったけど(笑)。たしかにあの歌はね、歌ったらスカッとするんだろうね、きっと。あの場で合わせて歌いたいというのはよくわかる。それが許されてる回があるというのを聞いて、ああなるほどそうだよなと思った。最近だと、例の光ってる棒を振り回して、みんなで応援して観るアイドル映画があるとも聞いたけど。それはね、別に新しくもなんともないじゃんってさ。昔、オールナイトでヤクザ映画観て「異議なし!」とか言ってたのと同じじゃんそれって。警官が出てくれば「ナンセンス!」だし、主人公がドスを抜けば「異議なし!」だしさ。やってること一緒だよ。そういう体験を求めて観に行ってるだけだもん、みんな。

――映画をじっくり観たいという人は、映画館ではない別の場所で観てるんでしょうね。

押井:DVD買うか借りるなりしてきたり、録画しておいて観ようとかね。かつての映画館は、若い人がそこであらかじめ人生とか恋愛とかをシミュレーションする世界だったけど、いまは全然お呼びじゃないっていう。ある種の人間にとっては、そういう映画との付き合い方は絶対に必要だから。映画を観てものを考えたり、自分の考えの訓練をしたりだとかさ。僕らは若いころさんざんやったんだけど、それは今でもやってる人はいるはずだよ。映画館じゃなくてTSUTAYAに変わっただけで。で、これからはきっとそれが配信になるでしょ。一番簡単だもん。一回契約すれば何度でも観れるしさ。ハードディスクに貯めこむ意味すらないじゃん、観たいときに観れるんだから。言ってみれば巨大なハードディスクが向こうにあるんだからさ。昔は一生懸命観て覚えてたけどね。忘れまいと思ってギンギンに観てたから、レイアウトやカット割りまで。アニメの監督になったばっかりの頃は、記憶があるうちに帰ってからコンテに切っちゃう。大体レイアウトはこんな感じだったよな、とかさ。ずいぶん勉強になりましたよ。それしか方法がなかったから。映画との関わり方がね、決定的に変わったことは間違いないんですよ。

――そういった映画のインフラとはまた別の話で、映画自体に3D、さらには4D(体感型)の要素が加わりつつあります。

押井:5年ぐらい前、もっと前かな、これから3Dが出てくるから開発をやってくれって言われたことがある。4Kのときも来たし、実際8Kの話も来たから。8Kの話は、NHKでやる予定が流れちゃったけど。3Dのときは、3Dモデルじゃなくていわゆる立体映画ね、サンプルも作ったけど、結局やるに至らなかった。というかそもそも3Dって日本じゃダメでしょきっと、って途中で気がついた。劇映画に全然向かないし。編集できないもん。三池(崇史)さんもやってたけど、さすがわかってらっしゃるっていうさ、奥行き以外で何もやってないよね。奥行き感出すためだけにやってる。カメラをゆっくり動かさないと、カメラ揺るがしたら頭パンクするから、情報が多すぎて。演出の制約がむちゃくちゃ激しい形式だから、劇映画、ましてやアクション映画なんて絶対に無理。

 僕の知り合いが言ってたけど、『アバター』観に行って、3Dメガネを外して全編観たら、予想した通りだったよって。なにが?って訊いたら、戦闘シーンが始まった途端に2Dになったって。(ジェームズ・)キャメロンもわかってるんだよ、やっぱ。あの激しい戦闘シーンを3Dでやったら頭おかしくなる。何が起こってるかわからない。だから戦闘シーンになった途端にただの2Dになってるんですよ。メガネかけてると気が付かない。そういうようなもんだから、成熟する形式ではあり得ないんですよ。

 自分が映画を観に行くときでも、あえて2D版しか観てない。『バットマン vs スーパーマン』もちゃんと2Dで観ました。そのほうがはるかに映画としてはいい体験だから。レイアウトもしっかり観れるし。ああいうアクション系の映画を3Dで観るっていうのは、若い人には刺激があっていいのかもしれないけれど、半分ジジイになったような人間は、刺激なんかどうだっていいんだからさ。綺麗なものを観たいわけ。綺麗なものの中には、戦闘とかアクションも入るんですよ。綺麗な風景を観たいって言ってるわけじゃなくて、いい画を観たいわけだから。

(取材・文=ピロスエ)

■書籍情報
『押井言論 2012-2015』
サイゾー 2016年2月2日(火)発売
価格:5400円

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